「当初は筑波大学の体育会が練習パートナーになる予定もありましたが、それはできない。選手団は本国から帯同する少数のスタッフと練習することになると思います」(同市担当者)

 海外勢が事前合宿の中止や縮小を余儀なくされる一方、日本勢は本拠地でじっくり調整できる。このアドバンテージは計り知れない。もちろんコロナ禍がなかったとしても「地の利」はある。過去の事例をみても、開催国がメダルを量産するケースは多い。自国開催に向けた強化の成果でもあるが、慣れ親しんだ気候や調整のしやすさ、観客の大歓声などの影響も大きいだろう。その意味で、スポーツ大会では100%完璧な平等・公正は難しいかもしれない。それでも、平尾教授はできる限りフェアに行おうとする姿勢がスポーツにとって必要だと話す。

「アスリートに罪はないけれど、この状況で日本勢がメダルラッシュになってもむなしいだけです。開幕すればメディアや社会の雰囲気はそれなりに盛り上がるかもしれない。でも、その陰でスポーツそのものに冷めてしまう人が大勢いて、スポーツと社会の分断が起こってしまうと懸念しています」

■日本にも引退した選手

 五輪を巡る不平等・不公正は、1年延期が決まったときから起こっていた。日本にも延期によって練習環境を確保できなかったり、モチベーションが維持できずに引退したりした選手がいた。昨年の緊急事態宣言中、全く練習できなかったアスリートもいる。それでも懸命に戦い、五輪切符を得た選手には敬意を表したい。一方で、これでいいのかという思いもぬぐえない。

 松本さんは、取材の最後にこんなことを話してくれた。

「実は東京五輪の切符を逃したとき、悔しいのと同時にホッとした面もあったんです」

 松本さんも東京五輪を目指していたが、代表選考会だった4月の日本選手権で敗れた。大会に向けて調整を続けるなかで、複雑な思いも抱えていたという。

「多くの人が我慢を強いられているなかで五輪を目指していいのか、出場できても本来の五輪にはならないのではないかと、選考会までの数カ月は本当に苦しかった。負けたのは実力ですが、その苦しさから離れられることにどこか安心もしました」

 松本さんは初めて五輪を目指した08年北京大会で代表入りを逃し、人目をはばからず号泣した。12年ロンドン大会で初めて五輪のスタート台に立ったときは足が震えたという。そのトップアスリートが五輪切符を逃し、「ホッと」する。そう言わせてしまう悲しい事実が、今回の五輪のいびつさを象徴している。

(編集部・川口穣)

AERA 2021年6月28日号より抜粋

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川口穣

川口穣

ノンフィクションライター、AERA記者。著書『防災アプリ特務機関NERV 最強の災害情報インフラをつくったホワイトハッカーの10年』(平凡社)で第21回新潮ドキュメント賞候補。宮城県石巻市の災害公営住宅向け無料情報紙「石巻復興きずな新聞」副編集長も務める。

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