元朝日新聞記者 稲垣えみ子
元朝日新聞記者 稲垣えみ子
銭湯仲間の近所のおばあちゃんが、毎年この時期に豆ご飯を炊いてくださる。おこげ入りに愛を感じます(本人提供)
銭湯仲間の近所のおばあちゃんが、毎年この時期に豆ご飯を炊いてくださる。おこげ入りに愛を感じます(本人提供)

 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。持ち家売却まで、想定外の事態に翻弄され続けた稲垣さん。今回は「家は買った方が得か、借りた方が得か」の第3弾をお届けします。

【写真】稲垣さんの銭湯仲間が炊いた豆ご飯

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 五輪、相変わらずやる気らしい。で、誰が? それすら既にわからない。もう自分の気持ちの整理をつけるのみという段階なのか? でも整理をつけたくもないよ。

 ということで、モヤつきつつ「家を売る」シリーズ再開。そう我ら五輪だけで生きてるわけじゃないからね! 前回、一生同じ場所に住み続けられるという幻想が、ウッカリ家を買い恐ろしい結果を生む可能性について述べた。今回は、場所でなく価値観が変わるリスクについて論じたい。

 私がせっかく買った家を売る決断をした大きな理由の一つが、これだった。家を買った頃と今の私とでは、人生に対する考え方が大きく変わってしまったのである。

 何しろ家を買った時は、都会でそこそこリッチな家に住むことが人生の勝ち組と信じていた。だが人生とはなかなかのもので、様々な出会いがあり時代も変わり、自分自身もあれこれ試行錯誤を繰り返す中で、そのような価値観はすっかり変わってしまったのである。

 都会に住むこと。広い家に住むこと。いずれも今の私には幸せの条件ではなくなった。むしろ小さな家でコソコソ暮らすのが楽しい今日この頃。となれば、どこでも生きていける気がする。ということで、いずれは田舎や海外で暮らすことが将来の夢の一つとなった。究極は、方丈記のごとき何もない林の中の小屋で死んでいけたら最高と思っている。人間変われば変わるものだ。

 ってことになってくると、いずれ帰る老後の家を所有していることが、安心どころか「足枷」に思えてきたのである。大損こいたとはいえその足枷を無事外すことができたのは、幸いなことにローンを払い終わっていたからだ。

 そう、この変化の激しい時代、同じ会社にずっと勤め続けること前提でローンなんか組んでしまうと変わるチャンスを逃す。発想も鈍る。人生100年時代とは、変われないことが最大のリスクとなる時代ではないだろうか。変化は進化。家を買うことは進化の足を引っ張る可能性が大きいのである。

稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

AERA 2021年6月14日号

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稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

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