「感染症の減少や行政改革の流れの中で、統廃合が進みました。たしかに平常時は問題なかったかもしれませんが、ひとたび災害が起こればそうはいかない。いまは1年間も災害が続いている状況で、保健所の保健師や職員が足りていない」

 感染拡大が進むなかで、保健所の業務は変わりつつある。

 首都圏のある保健所では、午前8時半の業務開始と同時に問い合わせの電話が鳴り始める。保健師歴20年の女性は、上司に渡された「発生届」5枚を前に机に座る。陽性者の氏名や電話番号、診断方法など、基本事項が書かれている。

 本庁が陽性者数を発表する夕方までに、発生届のあるすべての新規陽性者に電話をしなければならない。女性は言う。

「私たちが発生届を確認しないと、感染者のフォローが始まらない。限られた時間でどれだけ電話をこなせるか、人海戦術です」

 1人目の男性に電話する。まず体調を聞く。自宅療養で大丈夫そうだ。家族構成を聞くと、「妻と子ども3人」。仕事は飲食店勤務のようだ。男性に、家族に帰ってきてもらい、職場に陽性結果を連絡するようお願いをして電話を切り、心の中でこう叫んだ。

「これは濃厚接触者が多いぞ」

 この後、この男性に再び電話をし、発症の2日前から現在までの行動を聞き取る。昨年末までは、感染経路を探るために発症の14日前の行動履歴を1日ずつ聞いていたため、1時間近くかかった。年明けに感染者が倍増してからは、感染を広げていないかどうかを確認するため、発症2日前から現在までに誰かと食事をしたか、マスクをせずに人と接触したかなどを聞く。男性がどこで感染したかを調査する余裕はない。家族と職場にも電話をし、必要な場合はPCR検査を受けてもらう。

 その合間に自宅療養者に電話をして、体調について聞く健康観察をする。問い合わせの電話も鳴りっぱなしだ。昼休みは弁当を食べながら、聞き取ったことをシステムに入力する。女性は言う。

「海外では接触者追跡アプリの情報を元に追跡していると聞きますが、厚生労働省の接触確認アプリ『COCOA』に登録していた陽性者は2%だけ。発生届は昨年秋以降システムで共有できるようになりましたが、まだ手書きのファクスもある。ITをもっと使えていたら、楽だったのではないかと思うことがあります」

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