福島第一原発の事故を受け、今も福島では「試験操業」が続く。福島の魚の水揚げ量は、事故前のわずか14%。漁師たちは「風評被害が一番怖い」と声をそろえる (c)朝日新聞社
福島第一原発の事故を受け、今も福島では「試験操業」が続く。福島の魚の水揚げ量は、事故前のわずか14%。漁師たちは「風評被害が一番怖い」と声をそろえる (c)朝日新聞社
AERA 2021年1月11日号より
AERA 2021年1月11日号より
AERA 2021年1月11日号より
AERA 2021年1月11日号より

 福島第一原発から出る汚染水の海洋放出が現実味を帯びてきた。だが、風評被害を心配する声は多く、専門家も時期尚早と警鐘を鳴らす。国や東電に、漁師たちの声は届いているのか。AERA 2021年1月11日号の記事を紹介する。

【グラフ】2022年にも上限に! 福島第一原発に溜まり続ける処理水

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 福島の海は、親潮と黒潮がぶつかる潮目の海だ。魚の種類は多く、古い地名にちなみ「常磐(じょうばん)もの」として高く評価されてきた。

「今の時期はイシガレイ。でも一年中、なぁんでも捕れるんだよここの海は。こんな海はないよ」

 漁師の小野春雄さん(68)は、誇らしげに語る。

 福島県浜通り最北端の新地町(しんちまち)で祖父の代から漁業を営み、自身も中学を卒業すると父に続いた。

 28歳で結婚し、30歳で初めて自分の船を持った。悪天候の日以外ほぼ毎日、漁に出た。カレイ、アイナメ、メバル、タコ、シラウオ……。仲間と張り合い、誰にも負けないくらい魚を捕った。豊饒の海は、家族の暮らしを支えてくれた。小野さんは言う。

「無限大なの。こんなにめちゃくちゃおいしい魚が捕れる海は他にない。自慢の海だべ」

 しかし、2011年3月11日。この日を境にすべてが一変した。

 東日本大震災が起き、津波が東京電力福島第一原発を襲った。4月4日から10日にかけ、東電は、タービン建屋の地下などに大量に溜まった高濃度放射能汚染水の回収先を確保するため、法律に基づき、集中廃棄物処理施設に溜まった約1万トンの低レベル放射性物質を含む汚染水を海に放出した。数日後、茨城県北茨城市で水揚げされたコウナゴから基準値を超える放射性物質が検出され、福島県沿岸の漁は全面自粛となった。「福島の海は終わった」と言われた。

 事故翌年の6月、放射性物質の影響が出なくなったミズダコなど3種で沖合底引き網漁の「試験操業」が始まった。週に数日の操業で魚の安全検証を重ねながら、捕れる魚種を増やしていった。それでも19年の沿岸漁業の水揚げ量は3640トンと原発事故前の14%にとどまる。

 漁業者から本格操業による漁獲量拡大を望む声が強まる中、20年2月、全ての魚介類で国の出荷制限が解除された。これを受け、21年4月から制約のない「本格操業」に入ることになった。待ちに待った本格操業──。

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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