森田氏は、国も東電も「廃炉」に重きを置き、「復興」を軽く見ているのではないかと指摘する。

「重要なのは復興のはずなのに、復興のためには廃炉が大事と論点がすり替えられています。廃炉の定義として敷地内に貯蔵タンクが残っていてはいけないことになっていて、貯蔵タンクをなくすには中の処理水を何とかしなければいけません。そこで、処理水を海洋放出するというのが国の考え。しかし、いま海洋放出すれば、再び福島県産の買い控えが始まり、ようやく増えつつある魚の水揚げ量も少ないままになるでしょう。現在の風評被害が解消するまでは、処理水は敷地外にも保管場所をつくり貯蔵しておくべきだと考えます。現在の風評被害が解消できなければ、海洋放出による風評被害も解消できないと思います」(森田氏)

■県民9割が風評被害「不安」 10年間の努力台無しに

 風評被害とは「疑心暗鬼の連鎖」だ。とくに放射能は、目に見えないからこそ、疑心暗鬼がふくらむ。

 朝日新聞社と福島放送が20年2月に福島県の有権者を対象に行った世論調査では、海洋放出への「反対」が57%を占め、風評被害についても89%が不安を「感じる」と答えた。

 冒頭で紹介した小野さんも、風評被害が一番心配だと何度も口にした。

「今も福島の魚は事故前の2割から3割安い。ここでまた汚染水を海に流すと、消費者は福島の魚は買わないべ。それを心配している。そうなるとわれわれ漁業者は耐えることはできない。子どもや孫たちに、ここの海で働いてくれといえないべ」

 小野さんの3人の息子たちは、いずれも漁師の道に進んだ。小野さんは、その子どもたち、孫たち、さらにその代々のためにも海に処理水は絶対に流してほしくないと力を込める。

「海って、100年も200年も、1億年も使うんだから。その海が汚れて、将来、何かあったら誰が責任を取るのか。生きるか死ぬかの問題なんだ」

 福島県いわき市にある明治43年創業の老舗の鮮魚店「大川魚店」。4代目社長の大川勝正さん(46)も、風評の拡大を懸念する。

 海から近い店は、地震と津波で大きな被害を受けた。大川さんは震災直後から店を再開させ、消費者と向き合ってきた。しかし、どんなに安全性をPRしても「福島の魚」というだけで消費者から避けられた。

 店の売り上げは半減。安全性をアピールしながら、最近ようやく事故前の8割近くにまで回復し手応えを感じている。それだけに心配は尽きない。

「また海洋放出したら風評被害は出ると思います。それをどれだけ抑えられるか。やり方を間違えれば、これまでの努力が台無しになります」(大川さん)

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