■基準値超えゼロなのに 終わらぬ風評被害の固定化

 15年4月以降、福島県水産海洋研究センターの調査で放射性セシウム濃度が国の基準値(1キログラム当たり100ベクレル)を超えた検体は一つもない。それでも福島の魚への風評被害は「固定化」したかのように残る。

 なぜなのか。風評被害に詳しく、先の経産省の小委員会のメンバーの一人でもあった東京大学の関谷直也准教授(災害社会科学)は、「流通」の問題が大きいと指摘する。

「福島県産品に関するアンケートを行うと、福島県内では約1割弱、県外では1割5分程度の人しか福島県産に不安感を抱いていません。つまり、風評被害の固定化は人々の不安感からくるのではなく、流通構造の問題となっているのです。原発事故直後に福島県産の農水産物が流通しなくなり、それが常態化し、市場が回復できていないのが現状だと思います」

 流通業者にしてみれば、仕入れた商品が売れないというリスクは取りたくない。震災直後にクレームが来たことがトラウマとなり、福島県産を長く仕入れなかった。それが当たり前となり福島県産への回帰ができていないという。水産物の場合は、試験操業のため水揚げ量が少なく、その間に隣の宮城や千葉の港で揚がった水産物が流通し、仲買業者や加工業者も減少したのが原因と考えられると話す。

 東電は風評被害対策をどう考えているのか。本誌の質問にこう答えた。

「当社としましては、取り得る手段を最大限活用し、農林水産物の販売拡大を中心とした取り組みを積極的に推進してまいります」(廃炉コミュニケーションセンター)

 だが、具体的な対策については、

「現段階では予断をもたずあらゆる可能性を検討してまいる所存です」(同)

 との回答にとどまった。これでは、なし崩し的に海洋放出に突っ込む印象は拭えない。先の関谷准教授は、何より大切なのは、国と東電からの丁寧な説明だという。

「いま多くの人が海洋放出に不安を感じているのは、国や東電の説明が足りないからです。敷地内に溜まる137万トンの処理水を海に流す場合、どれだけの量をどのくらいの期間にわたり流すのか、具体的な説明がありません。情報がなく、何が行われるかわからなければ心配に思うのは当然。国も東電も、正確かつ詳細な情報を提供していく必要があります」

 小野さんは、海洋放出に反対するとともに、国と東電に丁寧な説明を求めてきた。だが、海洋放出案が示されて以降、国と東電が地元に説明に来たのは1度だけ。しかも、海に流しても安全という「海洋放出ありき」の説明だった。小野さんは言葉を強めた。

「国や東電にきちんと説明してもらい、ある程度納得してから流すならわかるよ。でも、説明が1回ってのは誰も納得しない。われわれは被害者なんだよ。被害者の話聞かねえで流すってとんでもないことだよ」

 海は誰のものか。国のものでも、東電のものでもない。みんなのものだ。その海を、国と東電はまた汚すのか。(編集部・野村昌二)

AERA 2021年1月11日号

著者プロフィールを見る
野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

野村昌二の記事一覧はこちら