■海洋放出の「時間切れ」迫り世論作り急ぐ政府と東電

 そこに立ちはだかったのが、海洋放出だ。メルトダウンを起こした福島第一原発1~3号機では、溶け落ちた高濃度の核燃料(燃料デブリ)を冷やすため、24時間冷水が注がれる。燃料デブリに触れた水、これが「汚染水」だ。

 冷却に使う水は循環させているが、建屋の破損した部分などから地下水や雨水が流れ込み、新たな汚染水が生まれる。東電によれば1日約170トンのペースで増え、敷地内の「ALPS(アルプス)」と呼ばれる処理装置で放射性物質を除去するが、トリチウムという放射性物質だけは技術的に取り除けない。「処理水」と呼ばれるこの水を、東電は敷地内に貯蔵タンクを造り、貯めていった。

 いま敷地内には約1千基ものタンクがひしめきあい、総量は約123万トン。東京ドームをいっぱいに満たす量だ。敷地内へのタンク増設には限界があり、保管容量の上限は137万トン。汚染水の発生を止める術は見当たらず、22年秋ごろには「保管場所がなくなる」(経済産業省)。

 処理水をどうするのか。経産省は19年12月、(1)海に放出する、(2)水蒸気にして大気に放出する、(3)両者を併用──この3案にまで絞り込んだ。20年2月、社会学者や風評の専門家などを交えた経産省の小委員会は、海洋放出と大気放出の2案を「現実的な選択肢」とし、とりわけ海洋放出が有力とする提言を公表した。

 これを受ける形で政府は、海洋放出案で世論づくりを進め、同年12月10日、菅義偉首相は処理水の処分について記者団の質問に「いつまでも先送りできない」との認識を改めて示した。放出までには設備工事などで準備に2年程度かかるとされ、「時間切れ」が迫っているのが背景だ。

 しかし、小委員会のメンバーを務めた「水産研究・教育機構」(横浜市)海洋環境部放射能調査グループの森田貴己(たかみ)主幹研究員は、「海洋放出には現段階では反対」との考えを示す。

「技術論で言えば、海洋放出は確実に実施でき、かつ最もリーズナブルな方法。科学的に安全だという前提のもと、国や東電が海洋放出を選択したいと思うのは当たり前で合理的です。しかし、福島は他の原発とは状況がまったく違う。福島の漁業関係者や観光業に携わる人たちが心配しているのは、海洋放出の先にある風評被害。そこに十分な対策が打ち出されていません」

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