店主とのちょっとした会話を楽しんだり、「ひとりメシ」には、食を提供する側との交流や、一皿とゆったり向き合う余裕がある。

 食との出合いは一期一会。だからこそ、情報のノイズに振り回されず、自分が豊かになれる時間を過ごしてほしいと、植野さんは読者に願う。

「僕はひとりメシのときに道行く人をぼうっと眺めていたりします。今の時代、何もしない時間は貴重です。そんな贅沢な時間を過ごせるのも、ひとりメシのいいところなんです」

 本のなかで紹介されているのは、個人経営のアットホームな飲食店が多い。密が避けられる「ひとりメシ」は、コロナで苦境の飲食店の支援にも役立つ。

 植野さんの食への愛は深く広い。その言葉の数々に食欲を刺激されていると、自分なりのおいしさを求めて、ひとりメシに出掛けてみたくなるはずだ。(ライター・角田奈穂子)

■丸善丸の内本店の高頭佐和子さんオススメの一冊

星野博美さんによる小説『旅ごころはリュートに乗って』は、“もっと知りたい”という気持ちを思い出させてくれる心躍る一冊。丸善丸の内本店の高頭佐和子さんは、同著の魅力を次のように寄せる。

*  *  *

 ヨーロッパの古楽器リュートに魅せられた著者は、自分でも演奏してみたいという気持ちからレッスンに通い始める。中世の曲を弾いてみたいと願うが、練習に必要なリュート用の譜がない。諦めきれず苦労して知識を身につけ、ついには自ら譜を起こせるようになる。その強い思いは、著者をスペインやモロッコへと誘う。それは、中世ヨーロッパに生きた人々の思いを、演奏という行為を通して感じとる時空を超えた旅だった。

 古楽器にもヨーロッパ史にも強い関心があったわけではないが、読んでいる間は著者と一緒にタイムトリップをしているかのような心躍る時間を過ごした。著者の情熱に感染し、私の中でも何かが熱を持ち始めたようだ。好奇心は、時に思いがけない場所に人を導いてくれる。もっと知りたいというシンプルな気持ちを、大切に育てたいと思う。

AERA 2020年12月7日号