昔作った曲、昔録音した曲も、今の目線や感覚で聴くと、作った当時には気づかなかった聞こえ方もする。このニュー・アルバム『thaw』は、そんな感覚の変化の「うまみ」を伝えているのではないだろうか。

 例えば、このアルバムでは最も古い録音になる98年の2曲「Giant Fish」「Only You」。特に、感情の向くままにシャウトし、ギターをゆがませ、ブルーズやオールド・ロックへの普遍的でひたむきな愛情を惜しみなく注ぐ「Giant Fish」は、まだ大学生だった頃の岸田、ベースの佐藤征史、当時のドラマーの森信行の無鉄砲な演奏が味わえるアルバム屈指の曲だ。

 だが、それをただ「当時の初々しさがまぶしい」といったノスタルジックな聴き方をしてしまってはもったいない。なぜなら、ここに収録されてようやく日の目を見たこれら過去の曲は、初々しさよりも、熟成した「うまみ」があるからだ。言い方を変えれば、録音をした後すぐさま公開されるだけがすべてではないということ。時間を置いてみたら、別の手応えがそこに誕生することもある。

 料理の世界には「寝かせる」という言い方がある。下ごしらえしたものを一晩寝かせると味が染み渡ってさらに美味しくなる、というような意味だが、それと同じ感覚が『thaw』の中にはあると言っていい。「うまみ」を引き出すには時間がどうしても必要な場合だってある。誰でも簡単に録音し、すぐさまネット上で公開できるようになった昨今、特に現在のコロナ禍ではそのスピードで届けられる音楽やカルチャーが多くの人を励ましている。けれど、時間を置くことで人の心を揺さぶることもあるのだ。(文/岡村詩野)

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岡村詩野

岡村詩野

岡村詩野(おかむら・しの)/1967年、東京都生まれ。音楽評論家。音楽メディア『TURN』編集長/プロデューサー。「ミュージック・マガジン」「VOGUE NIPPON」など多数のメディアで執筆中。京都精華大学非常勤講師、ラジオ番組「Imaginary Line」(FM京都)パーソナリティー、音楽ライター講座(オトトイの学校)講師も務める

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