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独自にフォーム磨いた佐々木朗希 球団担当者に熱心に質問も

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柳川悠二AERA
ともに厳しい表情でドラフト会議を見守った佐々木朗希(右、大船渡)と奥川恭伸(星稜)。期待と責任の大きさを自覚しているように見えた/10月17日 (c)朝日新聞社

ともに厳しい表情でドラフト会議を見守った佐々木朗希(右、大船渡)と奥川恭伸(星稜)。期待と責任の大きさを自覚しているように見えた/10月17日 (c)朝日新聞社

 高校野球の2大スター、佐々木朗希と奥川恭伸がドラフトで1位指名を受けた。高校時代の活躍は対照的だった2人。プロではともに輝きを放てるか。AERA 2019年10月28日号に掲載された記事を紹介する。

*  *  *
 4球団による競合の末、千葉ロッテに交渉権が確定しても、佐々木朗希(大船渡)は硬い表情を崩さなかった。

「100点のドラフトの結果になりました。今ある、日本最速(165キロ)は超えられるような投手になりたい。(マリンスタジアムは)浜風が強いと思う。風に気をつけたい」

 同じ岩手出身でその国内最速記録を持つ大谷翔平を育成した北海道日本ハムは、春の段階から佐々木の指名を公言していたが、当たりくじを逃した。「12球団OK」の姿勢を表明していた佐々木とて、意中の球団がなかったはずがない。硬い表情はそうした胸中を見すかされないためだったようにみえる。

 10月2日にプロ志望届提出の表明会見を開いて以来、佐々木は面談に訪れる各球団の担当者に球団の育成方針やトレーニング施設について熱心に質問していたという。まだまだ身体が出来上がっておらず、このままでは163キロという豪速球に耐えられないことを誰より自覚しているのだろう。

 佐々木は大船渡第一中学の軟式野球部に所属し、高校は花巻東や盛岡大附といった県内強豪私立高校の勧誘を断り、地元の公立である大船渡を選んだ。そのため中学の硬式野球チームや強豪私立で行われているような、いわば野球人として生きていくための専門的な指導を受けてこなかった。

 成長痛や腰痛に苦しんだ時期も、独学で身体の仕組みを調べてきた。あの左足を高々と上げる独特なフォームも、独自の研鑽の中で生み出した。

 この夏の岩手大会決勝で、大船渡の國保陽平監督は、準決勝から連投となる佐々木を登板させなかった。賛否両論が渦巻いた指揮官の決断だったが、私には球界の宝を壊してしまうことを恐れるあまり、試合そのものを放棄したような采配に映った。その詳細は拙著『投げない怪物』(小学館刊)に記した。


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