今村さんから届いた原稿は「あひる」。次々と入れ替わるあひるを媒介にした子どもたちと大人の不穏な交渉を描いた本作は同ムックの創刊号を飾り、芥川賞候補にもなった。地方に拠点をおく出版社の文学ムックから芥川賞候補作が出るというのも、ほぼ事件に近い出来事だった。書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)代表の田島安江さんは、当時のことをこう語る。

「それまではずっとメールでやりとりしていた今村さんから初めて電話がかかってきました。芥川賞の候補になったんですが、連絡先を田島さんにしてもいいですか、という電話でした」

「あひる」では惜しくも受賞を逃したが、17年、両親が宗教にのめりこんでいく中、徐々に崩壊していく家族を中学3年生の少女の視点から透明な筆致で描いた「星の子」が再度候補作となり、今回の「むらさきのスカートの女」で受賞となった。

 三省堂書店成城店の文芸書担当の大塚真祐子さん(44)はこう語る。

「非常に順当な受賞だと思います。寡作な作家さんですが、受賞作は今村作品の入門編といった趣があり、今回の芥川賞をきっかけに初めて今村作品を手に取る読者の方にはいい作品だと思います。物語の図式がわかりやすく、かつ今村さんの作品がもつ不穏さのようなものがよく出ていると思います」

 批評家の佐々木敦さん(55)は同作についてこう話す。

「読む人によってジャンルが変わる作品だと思います。語っているのは『わたし』なのですが、その『わたし』自身が一体何者なのかほとんど描かれない。何か隠されているものがあるんじゃないかと思えてきて、ホラーにもなりうるし、哀しい物語にもなりうる。一方で滑稽でドタバタ的な側面もある」

 今村さんの作品は、一読して難解な「純文学」ではない。作品にはしばしば子どもが登場し、長く読みつがれる良質の児童文学のような趣もある。文章もリズムがあり読みやすく、平易な言葉で物語は紡がれる。

「でもそこが怖いんです。誰でもちゃんと読めますが、誰もが謎に包まれる。そんな作品だと思います」(佐々木さん)

 前出の西崎さんは言う。

「今村さんは、世界文学レベルの人。社会状況や時代に限定されない普遍性があります。現代日本に他にいない存在で、海外で翻訳されるとすごくいいと思います」

 会社員の夫と娘の3人家族。現在は2歳の娘の子育てをしながら、朝の2時半には起きて、毎日計5時間はパソコンに向かうことを自分に課している。(編集部・小柳暁子)

AERA 2019年7月29日号より抜粋