今村夏子(いまむら・なつこ)/1980年、広島市安佐南区生まれ。2010年「あたらしい娘」で太宰治賞を受賞。「こちらあみ子」と改題、同作と新作中短編「ピクニック」を収めた『こちらあみ子』(筑摩書房)で17年、三島由紀夫賞受賞。17年、『あひる』(書肆侃侃房)で河合隼雄物語賞、『星の子』(朝日新聞出版)で野間文芸新人賞受賞(撮影/写真部・東川哲也)
今村夏子(いまむら・なつこ)/1980年、広島市安佐南区生まれ。2010年「あたらしい娘」で太宰治賞を受賞。「こちらあみ子」と改題、同作と新作中短編「ピクニック」を収めた『こちらあみ子』(筑摩書房)で17年、三島由紀夫賞受賞。17年、『あひる』(書肆侃侃房)で河合隼雄物語賞、『星の子』(朝日新聞出版)で野間文芸新人賞受賞(撮影/写真部・東川哲也)

「むらさきのスカートの女」で芥川賞を受賞した作家の今村夏子さん(39)。「世界文学レベルの人」とも称され、天性の才能の持ち主と言われるが、デビュー後しばらく作品を発表しない時期が続いた。ある声かけをきっかけに、再び筆を執った今村さん。その一言とは。

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 広島市生まれの今村夏子さん(39)さんは、高校卒業後、大阪市内の大学に進学。大学卒業後はアルバイトをいくつか経験した後、大阪でホテル清掃のアルバイトの職に就いた。この経験が今回の受賞作の主人公の職業に反映されている。

 ホテル清掃の仕事は楽しかったし自分に向いていると思った。ある日突然「明日から休んでください」と言われ、ふと小説を書いてみようと思い、家にあった使いかけのノートに書きはじめたのが29歳のとき。初めて最後まで書いた小説がデビュー作「こちらあみ子」となった。

 同作は級友にはいじめられ、母親からも見棄てられ、世界から疎外されてしまった子ども・あみ子が主人公だ。あみ子の感受性に訴えかけてくる霊的な存在との交感や世界の残酷さを、自在な広島弁の会話文を織り交ぜつつ無垢な視線で描いて各方面から絶賛された。

 しかし三島賞を受賞した際の電話インタビューで「今後書く予定はない」といった意味のことを発言。これ以降作品を発表しない時期もあり、あまりにも鮮烈なデビューとその後の沈黙によって今村さんは“幻の作家”になるのかと危惧された。彗星(すいせい)のように現れた天才作家として伝説になってしまうのか──。

 そんな今村さんに声をかけたのが、翻訳家で作家の西崎憲さん(64)だ。福岡の出版社、書肆侃侃房から16年4月に創刊された文学ムック「たべるのがおそい」(19年4月発行の7号をもって終刊)の編集長として、創刊号に原稿依頼をした。

「デビュー作でいきなり傑作を書かれました。そういう作家さんは、その後書かなくなってしまう方も多いんです。それで読者も出版社も関係なく、自分の楽しみのためだけに書いてくださいと言ってお願いしました」

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