壁画は絵物語のように左から右に描かれており、左側では黄金の甲冑をまとった騎士が「敵対する力」に立ち向かい、幸福を求める人々に寄り添う精霊が空を舞う。最後にたどり着いた楽園では、天使たちの合唱のなか、幸福に満たされ抱擁する恋人たちの姿が描かれる。
昨春、「No.9─不滅の旋律─」の再演を控えた稲垣さんは、番組のロケでオーストリアを訪れ、ベートーベンゆかりの地などを回り、その軌跡をたどった。オーストリア料理のウィンナーシュニッツェル、リースリングの白ワイン、ウィーン国立歌劇場、ギリシャ神殿を思わせる国会議事堂……、19世紀の香りを残すウィーンに、すっかり魅了されたという。
「街を早朝に散歩したときの雰囲気がすばらしかったです。車が走っていないから、頭の中で馬車を走らせ、かつてのウィーンの街並みをイメージすることができました」
その旅が、クリムトへ縁をつないだ。旅の合間に何カ所か美術館を訪れ、クリムトの代表作「接吻」などを見たという。
「今回スペシャルサポーターとして関わることになり、不思議な縁を感じています。これからプライベートで展覧会に何度も足を運びたい。音声ガイドのゲストナレーターにも挑戦しましたが、集中して自分のガイドを聞いていたら、声をかけずにそっとしておいて下さいね」
そう話す稲垣さんのポケットにしまわれたスマートフォンは、クリムトの「医学」がプリントされたケースにおさめられていた。「医学」はウィーン大学の講堂に描かれた天井画で、死と病が擬人化され、宙に浮かぶ裸の人間たちによって表現されている。当時は性的な表現などから激しい批判を浴びたが、稲垣さんはこれを気に入り、スペシャルサポーターになった後に購入したという。
「クリムトの作品には、それぞれ圧倒的な存在感がある。そこに心を奪われています」
(朝日新聞社・森本未紀)
※AERA 2019年6月17日号より抜粋