ゴーンの不正に気づいた日産の内偵チームは、秘書室が秘密の資金工作の中枢とみた。チームは元検事の弁護士の知恵を借り、秘書室幹部と、上司の専務執行役員を説得。2人は司法取引に同意し、ゴーンの不正を示す証拠を提供した。何も知らずに飛行機で来たゴーンは空港で検察に同行を求められ、西川は記者会見で彼を断罪した (c)朝日新聞社
ゴーンの不正に気づいた日産の内偵チームは、秘書室が秘密の資金工作の中枢とみた。チームは元検事の弁護士の知恵を借り、秘書室幹部と、上司の専務執行役員を説得。2人は司法取引に同意し、ゴーンの不正を示す証拠を提供した。何も知らずに飛行機で来たゴーンは空港で検察に同行を求められ、西川は記者会見で彼を断罪した (c)朝日新聞社
会社につけ回しして贅沢な暮らしを享受したとされる日産の独裁者はいま、東京拘置所の3畳程度の小さな部屋に勾留されている(撮影/写真部・小原雄輝)
会社につけ回しして贅沢な暮らしを享受したとされる日産の独裁者はいま、東京拘置所の3畳程度の小さな部屋に勾留されている(撮影/写真部・小原雄輝)

 実直な裏方タイプの男が、20年近く独裁支配してきた日産自動車の帝王を斃(た お)した。いくつもの偶然が絡み合い、彼は下克上を決意した。日産自動車の西川広人社長による、ゴーン追放の内幕を取材した。

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「クーデターがあったとは理解していないし、そのような説明をしたつもりもない」

 公の場でしめることが多いえんじ色のネクタイ。取り囲むカメラのストロボに、金色の結婚指輪が鈍い光を放っていた。

 11月19日午後10時、横浜市の日産自動車グローバル本社8階。「カリスマ経営者」の突然の逮捕を受けて始まった緊急会見で、社長兼CEO(最高経営責任者)の西川(さいかわ)広人(65)は300人に及ぶ報道陣を前に、ただ1人で記者会見に応じた。

 世界販売が年間1千万台を超え世界2位の日産、仏ルノー、三菱自動車の3社連合のトップ、カルロス・ゴーン(64)が逮捕される異常事態。国際的な大スキャンダル発覚という恥ずべき会見のはずだが、西川に狼狽(ろうばい)する様子はなかった。むしろ「この日」のあることを予感した高揚感すら漂っていた。

 西川は東京大学経済学部を卒業後の1977年に入社し、主に購買部門を歩んできた。ルノーとの共同調達にかかわる中でゴーンの目にとまり、以来、常務、副社長ととんとん拍子に出世。つまり20年近く君臨する帝王の忠実なるイエスマンだった。その彼が、まるで戦国時代の下克上のように主君に刃を向けたのだった。

話は逮捕の半年以上前にさかのぼる。

 今年春ごろ。複数の内部通報がもたらされた。ゴーンのカネに関する不正で、これまで社内に広がる噂話では収まらない中身の濃さだった。

 極秘に結集した監査役を中心とした数人の内偵チームは、ある子会社に目をつけていた。オランダのアムステルダムに拠点を置く「ジーア」。2010年設立の「ベンチャー投資」の会社だ。

 ジーアはタックスヘイブン(租税回避地)に作った法人を通じて、ブラジルやレバノンなどに高級住宅を購入していた。維持費や改修費などを合わせると、額は数十億円にのぼっていた。監査法人の目を逃れるために連結対象外の子会社だった。それがベンチャー投資とかけ離れたゴーンの私邸の購入に使われ、しかもタックスヘイブンを経由して資金の流れを隠そうとしていた。独裁権力は必ず腐敗する。内偵チームが抱き続けた不信は確信に変わった。

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