三浦しをん(みうら・しをん)/1976年、東京生まれ。2000年、『格闘する者に○(まる)』でデビュー。06年、『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞受賞。近著に『ののはな通信』(撮影/写真部・小原雄輝)
三浦しをん(みうら・しをん)/1976年、東京生まれ。2000年、『格闘する者に○(まる)』でデビュー。06年、『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞受賞。近著に『ののはな通信』(撮影/写真部・小原雄輝)

『愛なき世界』は、直木賞作家・三浦しをんさんが植物研究の世界を描いた新作の長編小説だ。作中に登場する大学院生の本村紗英は、洋食屋で働く藤丸陽太が恋をした相手であり、彼女は植物の研究に人生を捧げたので誰とも付き合えないと言う。今回は三浦さんに、同著に込めた思いを聞く。

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 これまでも「辞書編纂」や「駅伝」など、何かに激しく没頭している人を描いてきた三浦しをんさん。最新刊で描くのは植物の基礎研究に人生を捧げる人々である。タイトル『愛なき世界』から想像されるものとは全く別の世界がそこにある。

「植物には愛という概念はない。でも、同じ地球で進化してきた生き物なので、人間をはじめとするいろんな生き物と共通点はある。その違う部分と同じ部分、多様性と普遍性の謎を解き明かしたいっていうのが、研究している人たちの思いなのかなと、院生や先生に取材するうちに思うようになったんです」

 洋食屋の見習い・藤丸陽太が恋をした本村紗英は、シロイヌナズナという植物の研究をしているT大の大学院生。本村は告白した藤丸に対して、「愛のない世界を生きる植物の研究にすべてを捧げると決めている」と答えるような女性だ。だから誰とも付き合えないのだと。そして、そんな本村がいったいどんな研究をしているのかが作中で詳説される。おかげでその研究が、果てしない手間と集中力を要する作業だということが読者にも実感できる。

「簡単な説明にとどめることはできたし、そのほうが読みやすくはなったとも思うんです。でもそれだと私が一番描きたかった植物の研究の様子と、その研究にものすごく心を奪われて、情熱を持ってずーっとずーっとやっている魅力的な人たちがいるんだよっていうことが説得力を持って伝わらないと思ったんです」

 その情熱は藤丸にも伝わり、結果、さらに本村に惹かれていくことになる。

「藤丸いいやつだし付き合っちゃいなよ、って私も思っていたんですけど、本村さんがなかなか頑固で、そうなってくれないんですよ(笑)」

 藤丸の「恋」はなかなかうまくいかないのだが、しかし、この物語はやはり、人から人へ、人から植物へ、いずれも「愛」としか呼びようのないものであふれているのだ。

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