医療現場で発生し、院内感染で広まるイメージがある耐性菌だが最近、不気味な実態が分かってきた。川や海など環境中で起きている耐性菌の増殖だ。

 例えば噴水や池の水が子どもへの感染源になりうるという研究がある。また、中国西部やインド北部、アフリカの高山の氷河からも何種類もの薬剤耐性菌が検出され、なんと地球規模の大気循環で広範囲に拡散していることも見えてきているのだ。

 こんな状況に国際機関も動き出した。国連環境計画は昨年12月、最新の環境問題の一つとして、家庭排水や病院排水、農業排水から抗菌薬や耐性菌が環境中に放出され、新たな薬剤耐性菌の進化を促進していると警告した。

 この研究に取り組む中央大学の西川可穂子教授(環境学)によると、河川における薬剤耐性菌の研究報告は、03年には年100件程度だったが、16年には年400件を突破。西川教授らが多摩川や公園の池など、都内14カ所を調査した結果でも全地点で薬剤耐性菌が見つかっている。

 厚生労働省や環境省、農林水産省もようやく重い腰をあげた。昨秋、人や動物、環境の分野を横断し、薬剤耐性の現状や抗菌薬の使用量を初めてまとめて「薬剤耐性ワンヘルス動向調査年次報告書」を作成。ただ委員を務める田中宏明・京都大学大学院工学研究科教授は「環境分野はまだ分かっていないことが多い」と言う。

 例えば下水道だ。20年東京五輪・パラリンピックでトライアスロンやオープンウォータースイミング会場となるお台場海浜公園(港区)。都と大会組織委員会が17年夏に調査すると、大腸菌数などが基準値を超える日が半数以上あった。最大値は、国際トライアスロン連合が定める基準値のざっと21倍だ。

 お台場の細菌源とみられているのは下水道からの放流水だ。というのも人が服用したり塗ったりした抗菌薬の多くは、未分解のままし尿に混じり、下水処理場に流れ込むためだ。ここには、体内にいた薬剤耐性を持った細菌も一緒になって集まる。

 田中教授によれば、抗菌薬、薬剤耐性菌とも、下水処理で大幅に減るが、完全には取り除き切れない。細菌類は100分の1程度、抗菌薬だと半分から1割ぐらい残る。その上、大都市の下水道ならば、大雨が降れば処理能力が追いつかず、処理が不十分なまま下水を川や海に流す。その場合、さらに何倍にも増える。

 残る謎もある。下水処理場の放水口から流れ出る抗菌薬が、自然界にもともと存在する細菌と相互作用して耐性菌を新たに増やすのか、また流出した耐性菌が耐性の能力を別の細菌に伝播させるのか、詳しいことは分かっていない。田中教授も「体内で起きていることに比べると濃度はずっと低いものの、研究が必要な分野だ」とする。(ジャーナリスト・添田孝史)

AERA 2018年1月22日号より抜粋