国内研修では「最果ての旅」と題し、東京駅から南北2チームに分け、スマートフォンを没収し、「枕崎(鹿児島県)と稚内(北海道)に各駅停車で6日以内にたどり着け」と指令を出した。気が遠くなるほどの距離のはずだが、帰りは東京まで飛行機で2時間足らず。子どもたちは技術革新で現代人が距離感を失ったことを体感した。

 天才児教育でも、ギフテッド教育でも、入学試験をゴールとする教育でもない。しかし、無駄を楽しみながらも責任感を身につけ、0から1を生み出すイノベーターを育成する機運が、そこには満ちている。

 西日本でも面白い試みが進んでいる。京都大学が次世代研究者育成支援として09年度から始めた「白眉プロジェクト」。豪腕で知られる松本紘・前総長(現理化学研究所理事長)が導入した遊び心に溢れた制度だ。総長直轄の「白眉センター」が、毎年20人の若手研究者を採用、5年という身分保障の中で伸び伸びと研究を深められる。

●5年間好きなことを

 どんな取り組みか。例えば、白眉4期生で量子コンピューター研究で大きな成果を上げ、東京大学の助教に転出、この10月に京大大学院理学研究科の特定准教授に就任した藤井啓祐さん(33)。量子コンピューターは、情報を「0」か「1」で処理する従来型コンピューターと異なり、「0と1が重ね合わさる」という量子の性質を利用しており、スーパーコンピューターでも何十年とかかるような問題を一瞬で解くことができると理論的に予想されている。計算能力は劣るが組み合わせ最適化問題に特化した専用量子マシンはすでに商用化されており、万能な量子コンピューターの研究開発には巨大IT企業なども次々参戦している。こうした動向の背景には、多くのノーベル賞級の理論的発見や実験的ブレークスルーがある。

「5年がありがたいんです。僕の研究分野は日本でほぼやっている人がいなくて、学生時代から後ろ盾がない状況だった。博士課程後(通称ポスドク)の職を見つけるのが大変で、拾ってもらった大阪大学では文部科学省のプロジェクトで2年間、必死で年に5本ペースで論文を書いた。それで白眉に採用されたんですが、5年好きなことをやりなさいと言われると、最初の3年ぐらいは次のポジションを考えずに思いきり研究できるので短期間で成果が出やすい。僕もそうですが、結果的に3年ぐらいで他に転出される方が多いですね」(藤井さん)

 部際で集まる多彩な人材との交流が視野も広げる。藤井さんも白眉にいる農学系や情報系の仲間と共同でコンテストの優秀賞を獲得。さらに、続く。

「今の共同研究者も白眉出身。タコ足を模したシリコン製のソフトロボットをグニャグニャ振って計算しようという人です」(同)

 ROCKETと白眉。閉塞感に満ちた現代社会を飛び出して、無限の宇宙まで突き抜けろ。

(編集部・大平誠)

AERA 2017年10月16日号