●技術でカバーできない

 このプログラム、主宰する同センターの中邑賢龍教授の個性と熱意に負うところが大きい。身体障害を工学分野から支援する研究を続け、香川大学などで教鞭を執ってきたが、05年に東大先端研に着任してからは認知障害や精神障害に軸足を移していった。身体障害とは違い、技術でほとんどカバーされていない領域であり、社会や学校で不適応を起こしている子が大勢いることにも気づいたからだ。その中邑教授は言う。

「豊かな才能があるのにバランスが悪い故に入試を突破できない。例えば瑛士はワープロ入力ならすごくいい文章を書く。でもペンをとって書くのは苦手です。また、日本語の読み書きが辛うじてできても、英語になると途端に読み書き障害を起こす子の割合が中学校には概ね10%います。そういう子は数学が天才的にできたとしても、そのレベルに見合った高校や大学には進めない。そういう理解が社会にないから、彼らはいまだに学習の遅れた、努力しない子とみられるわけです」

 こうした切実な思いに共鳴した日本財団が、助成だけでなく能動的に参画する試みとして、ROCKETは始まった。社会や学校から排除されたが故に、逆にとことん好きなことをやれる時間を得た子どもたち。そんな彼らに、中邑教授は徹底的に実証主義を叩き込む。リアリティーに基づく疑問を持たせ、気づきを積み重ねて、たくましくなるよう導くわけだ。

●形を変えた優生思想

 昨秋の海外研修は、ナチス・ドイツのアウシュビッツ収容所や、ロボット工学を応用した義肢などを用いた障害者のスポーツ大会サイバスロンなどを訪れた。

「サイバスロンを見た彼らは『歩けないような人が速く階段を上れるような技術を競っている。すごい』と称賛し、アウシュビッツでは『化学薬品を使って人間を実験台にして虐殺している。科学技術の悪い例だ』と断罪しました。普通の教育ならここで終わりです」

 だが中邑教授はそこで終わりにしない。人と違うから、劣っているからなどと虐げられ、引きこもっていた自分たちとどう違うのか、と問う。現代では妊娠して羊水検査で発生異常が見つかると、圧倒的多数が産まないという選択をするではないかと。

 こうぶつけると、子どもたちはざわつく。走れたり重いものを持てることを目指すサイバスロンも、形を変えた優生思想ではないのかと初めて気づくのだ。「科学技術がみな同じほうを向いているのにヒトラーだけを責めることは抜本的解決ではないことを、彼らのようなエキセントリックで集中力のある人たちには考えてもらう必要がある」とも思う。

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