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辻元清美「昔は『自分だけが正義』だった…」 どん底からの転機とは

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辻元清美(つじもと・きよみ)/1960年生まれ。学生時代に国際交流団体ピースボートを創設。96年に社民党から衆議院議員に初当選。2011年に民主党(当時)に(撮影/写真部・片山菜緒子)

辻元清美(つじもと・きよみ)/1960年生まれ。学生時代に国際交流団体ピースボートを創設。96年に社民党から衆議院議員に初当選。2011年に民主党(当時)に(撮影/写真部・片山菜緒子)

 私が政治家として多くを学んだ、土井たか子さんの怒りには、品位と重みがありました。売上税を巡る土井さんと中曽根元総理の本会議場でのやり取りはいまもよく覚えています。

「導入しないと言っていたのに、導入を決めた。政治家の公約とはいったい何か」

 土井さんの怒りの土台には、国民の共感がありました。国民が抱いている怒りを、政治家として発言している。それが、政治家として正しい怒りだと思います。

 私は靖国神社に参拝しませんが、参拝する人もいて、みな国民です。すべての人を守り、自分と異なる意見も聞き、どうすればいいかを考えるのが政治家の務め。「こんな人たち」と国民を分断したり、口汚く野次を飛ばしたりすることではありません。

 そして、怒るだけではダメ。そう思わない人に気づいてもらい、共感を広げないと、社会は変わらない。理詰めで伝え、相手にも逃げ道を作っておく。論戦は攻撃ではなく、問題を明らかにするために行うものです。

 PKO日報問題でも、「なぜ隠すのか」と責めるだけではなく、「日報は過去の教訓を引き出し、自衛隊員の命を守るものだから破棄してはいけない、もう一度捜すべき」と訴えました。稲田前大臣の後ろの防衛省の官僚たちがうなずくのが見えました。

 昨年12月の日ロ交渉の際、「歴代の総理や外交官、先達の努力を台無しにしているのではないか」と指摘しました。後日、「よく言った」と電話をくれたのは、ある自民党の幹部でした。

「最近、丸くなったんじゃないか」。そんな声をいただくこともあります。でも、いまは7、8割の力で怒るようにしています。政治家として闘い方を学んだんです。(構成/編集部・熊澤志保)

AERA 2017年9月11日


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