●健全な財務状況

「本来、企業の変革マネジメントのプロセスでもっとも重要なのは、いかに社員の危機感を醸成できるか、ということです」

 と、『カルロス・ゴーンの経営論』(日本経済新聞出版社)などの編著がある早稲田大学ビジネススクールの池上重輔教授は言う。

「ところが、燃費不正問題を受けてもなお、三菱自は改革に向けた危機感を感じにくい状況にあるのです」

 と、続ける。

 ひとつは、健全な財務状況だ。自己資本比率は約46%と高い。販売台数が横ばいとはいえ、燃費不正問題発覚前の数年は売り上げも安定し、営業利益率も6%程度と堅調だった。

 投資ファンドで企業再生を手がける公認会計士の男性は言う。

「三菱自は自己資本比率も高く、結構健全な状態。一時的な赤字であれば、社員には危機感はないでしょう」

 さらに池上教授は言う。

「燃費不正問題といったこれまでの不祥事は、そうはいっても三菱という『ムラ』を守るために仕方がなかったという認識が、社内外にあるのではないでしょうか」

●巨大IT企業との戦い

 こうした危機感を感じにくい状況は、日産が連続赤字に陥り、1999年にゴーン氏が再建を始めた時よりも、不利に働く可能性があるという。そこで、三菱自はこれまでとってきた、販売台数の規模を抑え健全な経営を進めるという「安全運転」路線から、規模を拡大していく「成長」路線へと戦略を大きく変えるという策に出た。

「今後、世界の自動車企業は、アップルやグーグルといった巨大IT企業と戦うことになるでしょう。自律化やコネクテッド(自動車間の通信)といった今後の自動車産業のカギとなる技術は、IT企業に強みがある。彼らは買おうと思えばいつでも自動車会社を買えるんです」(池上教授)

 自動車企業の生き残り策の一つは、買収されないように、いかに規模を拡大できるかにかかっているという。

「三菱自は、いずれにしてもどこかと組まざるを得ない状況でした。そこで、ルノー・日産アライアンスの一員となることで、『勝ちに行ける』という状況が生まれたのです」(同)

 これまで三菱グループの一員として「ムラ」の論理を重視してきたといわれる三菱自。成長し勝ちに行くためには外へと目を向ける必要がある。そのひとつが、ルノー・日産とのアライアンスだ。ゴーン会長はこう強調する。

「目標のひとつは、アライアンスに組織横断的なつながりを持たせることだ。まだまだほど遠いが、双方向コミュニケーションをやらないといけない」

 23日に開かれた株主総会では、ゴーン会長はこう強調した。

「現在の当社の状況は1年前の株主総会時と比べてはるかによくなった。今では1年前の三菱自ではありません」

 V字回復の成否は、「ムラ」から脱却する社員それぞれの意識改革にかかっていそうだ。(編集部・長倉克枝)

AERA 2017年7月3日