今野代表はこう助言する。

「転職の心構えとして、だまされるリスクを念頭に、転職の過程で証拠をキープしておくことが必要です。そうすれば最低限の被害回復は可能です」

 一方、前出の村上社長は、「ブラック企業対策」という視点のみで転職市場の透明化を図ることには違和感をもつ。誰が見てもブラック企業という悪質な企業は確かに存在するが、そうした企業体質に由来する問題と、企業と労働者のマッチングの最適化が図られていないパターンを分けて対応していく必要がある、との考えからだ。

●企業情報は口コミで

「人と企業のミスマッチ」を防ぐ取り組みとして、リブセンスは先に紹介した転職ドラフト以外にもう一つ、転職者サポートの軸となるサービスを提供している。10年7月に立ち上げた口コミサイト「転職会議」だ。

 元従業員や従業員に働いた感想を投稿してもらい、求人広告とのギャップを埋め、転職活動に役立てる仕組みだ。会員登録者数は480万人を超え、評価対象の企業は70万社以上、口コミは約800万件に上る。

 ネット掲示板にありがちな企業批判に陥らないよう、「良い点」と「気になること・改善したほうがいい点」の項目を設けている。ちなみに、本誌を発行する「朝日新聞出版」の総合評価は、五つ星評価で二つ半だった。「企業の安定性」「入社難易度」「福利厚生」で評価が高い一方、「教育、研修制度」や「企業の成長性、将来性」で低めの評価が目立った。

 転職会議について、ある企業経営者はこんな感想をもらす。

「これまでは求人広告費をかければ人材を確保できましたが、転職会議によって職場環境が可視化されると、そうはいかなくなりました。転職会議の評価には悩まされましたが、厳しい評価のおかげで、働く人にとって『良い会社』に成長できたように思います」

 一方、別の会社の人事担当者からは「口コミのサンプル数が少ない中で個人のネガティブな意見が掲載されると、それがそのまま会社のイメージとして伝わってしまうリスクがあるので避けてもらいたい」との注文も。

 転職に失敗しないポイントは何か。「幸せの基準を相対化しすぎない」ことだとリブセンスの村上社長は言う。

「自分もあの人みたいになりたいと、相対比較していると幸せの軸が定まらないと思います。自分はどう生きたいのか、という軸がないと、何かの理由でまた転職したくなります」

●「転職しない」も選択肢

 村上社長自身、じつは転職推奨派ではない、と明かす。

「会社とともに自分も成長していく体験を実感できれば、そこに働きがいを見いだせるはずです。会社に残るにせよ、転職するにせよ、思い通りに物事が進まないからといって、他人のせいにする『他責』は禁物です。その点、フリーという働き方は究極の自己責任ですから、自立した個人が多くなれば社会が強くなるという意味合いで、私は肯定的に捉えています」
 一つの会社に定年まで奉仕するのが当たり前という時代はとうに終わった。会社との関係、働き方、職歴はそれぞれの「生き方」に直結する。選択肢が増えることはありがたいが、その分、悩ましい。

(編集部・渡辺豪)

AERA 2017年5月22日号

著者プロフィールを見る
渡辺豪

渡辺豪

ニュース週刊誌『AERA』記者。毎日新聞、沖縄タイムス記者を経てフリー。著書に『「アメとムチ」の構図~普天間移設の内幕~』(第14回平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞)、『波よ鎮まれ~尖閣への視座~』(第13回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞)など。毎日新聞で「沖縄論壇時評」を連載中(2017年~)。沖縄論考サイトOKIRON/オキロンのコア・エディター。沖縄以外のことも幅広く取材・執筆します。

渡辺豪の記事一覧はこちら