窮した正恩氏が頼ったのが「白頭山(ペクトゥサン)血統」と呼ばれる指導者の血筋だった。北朝鮮は今年8月にも「白頭山偉人称賛大会」を開く予定だ。正恩氏は体形や服装も、金日成主席に似せる努力をしている。

 その正恩氏にとって目障りだったのが、同じ金正日総書記の血を引く正男氏だった。正男氏の母、故成恵琳(ソンヘリム)氏は北朝鮮の女優だった。金総書記には当時、すでに金英淑(ヨンスク)夫人がいたため、正男氏は庶子扱い。ただ、正恩氏の母は、北朝鮮で2級国民として扱われている在日朝鮮人出身の高英姫(コンヨンヒ)氏。正恩氏は依然、高氏の存在を公開していない。同じ庶子でも、正男氏は1歳の誕生日に祖父の金日成主席と面会し、認知された存在だったという。

●同じ血筋は生かさず

 韓国国情院は15日の国会報告で、正男氏には亡命の動きはなかったと報告。国会情報委員会所属議員も、正男氏には北朝鮮内に影響力が全くなかったと語った。それでも正恩氏が正男氏を付け狙ったのは、同じ血筋の人間を生かしておかないという正恩氏の「偏執狂的な性格」(国情院)が影響したとみられている。

 今回の殺害劇は北朝鮮を巡る国際情勢にどのような影響を与えるのか。

 韓国政府は15日、国家安全保障会議常任委員会を開き、黄教安首相(大統領権限代行)が韓国軍に対して北朝鮮軍の挑発に備えた警戒を強めるよう指示した。トランプ米政権が北朝鮮と対話に乗り出す可能性は少なくなったとみる専門家も多い。

 韓国陸軍に勤務した韓国・国民大学の朴輝洛(パクヒラク)政治大学院長はこう語っている。

「事件の異常性が核やミサイルの問題に置き換わる可能性は十分ある。まさか暗殺はしないだろうという考えは、まさか核攻撃はしないだろうという考えと同じ。金正恩ならやりかねない」

(朝日新聞ソウル支局長・牧野愛博)

AERA 2017年2月27日号