同様の文章が米「インターナショナル・ヘラルド・トリビューン」にも掲載、中国語原文もネット上で広がり、同国内では賛否両論、世界中のメディアから取材が殺到した。

 そんな時期に書かれた最新邦訳『炸裂志』では、急激に不健全な発展を遂げた中国における「現実に起こっても不思議ではない、中国人のあらゆる欲望が最も恐ろしい形で体現されたもう一つの真実」を描いた。たとえば外国人に対する中国人のいびつな感情や、世界のあらゆる矛盾を米国のせいとして、大統領一家へグロテスクなまでに鬱憤を晴らす様が描かれている。

「閻連科というのは怖い人間だと思われているのではないか。直接読者に会って、そうではないと知ってもらえたら嬉しい」と笑う閻は、読者との交流にも積極的だ。初来日は13年。前述の「村上春樹への返信」がきっかけとなり、早稲田大学で開催されたシンポジウム「東アジア文化圏と村上春樹──越境する文学、危機の中の可能性──」に招かれて講演した。昨年は2度の来日が実現。9月に東京大学で開催されたシンポジウム「日本という壁 グローバルな日本文化受容 『文学部』の視点」に登壇し、度々の発禁に遭いながら「検閲の壁」をものともしない自由な創作の姿勢を語った。また、同月に駒澤大学で開かれた読者との公開対話会では日本の読者を「フランスと並び、世界中で最も丁寧に作品を読んでくれるありがたい読者」と絶賛した。

 愛知大学教授の黄英哲らの招きで再来日した11月は名古屋、東京、京都、大阪、神戸各地の大学で講演。ハードな日程の合間に岐阜県恵那市岩村町を訪れると、「このような農村風景が日本で見られるなんて」と驚き、「まだ日本には見るべきところが多くある」と再訪を誓った。

●中国では何でも起こる

 書店イベントには多くのファンが新刊のみならず既刊の邦訳を手に駆けつけた。「旅行中に読んだら夢中になりすぎて旅行そっちのけになってしまいました」と大事そうに『愉楽』を抱える若い男性。「本も面白いけれど、ご本人のお話も面白い。この朴訥で優しそうな方からあんなすごい小説が生みだされるなんて」と感激に震える手で本を差し出す年配の女性の姿も。 一昨年は体調を崩して出国を控えたが、昨年は毎月のように世界中を飛び回った。9月に東京を離れ、11月の再来日までに、北京、香港、米国、ヨーロッパ各地を訪れた。自宅は北京だが香港の大学でも教壇に立ち、故郷の河南省にも度々帰る。

「中国では、どんなことも起こり得る。日々想像もできないことが現実に起こり、物語のアイデアは尽きない。頭を悩ませるのはその物語を綴るための手法だ。世界各地を訪れ、初めての経験、感動することも増えた。それを筆にこめるのは必ず、故郷に持ち帰り、あらためてその意味を考えてからにしている」

 現在、「ノーベル文学賞に最も近い中国人」という呼び声も高いが、その素顔は、故郷で生活する80代の母のことに心を砕き、農村から苦労を共にしてきた糟糠の妻の傍らで3歳になる孫娘の一挙手一投足に目を細める、黄色い大地が育んだ家族思いの中国人である。(文中敬称略)(翻訳家・泉京鹿)

AERA 2017年2月20日号