「日本の医療は、医療従事者の責任感と我慢で成り立っていると思います」

 Bさんは、研修先の救急科で救命のため奮闘する医師たちの姿に感銘を受け、将来は地元に帰り、救急医療に尽くしたいと考えている。一方で、医師たちの労力や医療費が無駄に費やされる現場も何度も目にした。

「深夜、泥酔して病院にやってきて検査を要求する患者も、救急車をタクシー代わりに使っている患者もいました。コンビニのように、24時間望む医療を受けられて当たり前、医師がそこにいて当たり前、という患者側の意識には疑問も感じます」

 長時間労働が常態化しているため、人生設計もままならない。「子育てとの両立は難しい」(20代・皮膚科・男性)という意見も多数寄せられた。

 現在、産休を取得している内科医のCさん(43・女性)は、妊娠のハードルの高さを実感した。生理不順に悩んでいた後輩から、相談されたことがある。

「排卵日が近いので、早く帰っていいですか」

 Cさんは快諾した。

「翌日、彼女から外科医の夫が帰ってこなかったと聞きました。『子どもがいるから帰ります』ならまだしも、『子づくりしたいから早く帰る』は、仕事が仕事なだけに、言いづらいですよね」(Cさん)

 自身はつわりの時期に吐きながら診察し、出張もこなした。5月に第1子を出産し、復帰後はフルタイムで働くつもりだ。

「実家に近い都心で、託児所を併設しているか、子育て支援の環境が整っている病院を探すつもりです」(同)

 今回のアンケートでも、多くの医師が自由回答に「忙しすぎる」と訴えた。「医師は肉体労働者」との声も複数あがった。

「漆黒に限りなく近い職種」(30代・病理・勤務医)、「生活の質は相当悪い」(50代・小児科・勤務医)という意見もある。

 勤務医の一日当たりの勤務時間は8時間以上が8割、10時間以上が3割を占める。診療科別にみると、産婦人科が最も勤務時間が長く、10時間以上が4割超を占める一方、眼科では2割に満たない。

「自分や家族の時間より仕事を優先することを当たり前に求められる」(30代・内科・勤務医)に代表されるように、人命を預かる責任感からだろうか。「カネじゃない、やりがいだ」(50代・内科・勤務医)、「寿命を削ってやっている」(30代・産婦人科・勤務医)など、真摯な意見も目立つ。

●「時間なので帰ります」

 責任感ゆえにハードワークが続く就労環境は、万人にとって持続可能であるはずがない。医師の中にも、仕事は仕事と割り切り、私生活を優先する層も増えている。

 山陽地方の大学病院に勤める血液内科医のDさん(42・女性)は、こんな体験を何度もした。

 退勤時間が近づいていたが、患者の容体が安定していない。Dさんが、帰ろうとしている後輩の若い担当医に声をかけると、予想もしない返事が返ってきた。

「ぼくは一度診ました。時間なので、帰ります」

 担当医なら残って様子を見るのが当然と考え、Dさん自身もそうしてきた。朝7時に出勤し、退勤は日付をまたぐことがほとんど。「この医師には当直を任せられない」と、自ら残業を買って出たこともある。

「人の体は、予定表通りには動かないものなのに」と、Dさんは嘆く。

 医師たちの意識の変化を、医師のためのキャリアコンサルタントの中村正志さんも感じ取っている。

「どの業界も同じでしょうが、忙しくなく、ワーク・ライフ・バランスを取れる科や病院に行きたいという若年層の相談が目立ちます。熱量の低い医師が増えたという印象があります」

●しがらみ離れ待遇改善

 これまで医師たちは、学んだ大学の医局を中心にキャリアを積んでいくのが一般的だった。医局から様々な関連病院に派遣され、医局のあっせんする外勤をこなす。就業先が豊富で、キャリアを築きやすいというメリットもあるが、上下関係など閉鎖的な側面もあり、医師の負担は重くなりがちだ。

 経験を積んだ後、医局を離れる決断をしたのは、認定内科医の資格を持つEさん(38・女性)だ。今春、所属していた都内の私大病院の医局を抜け、民間病院に移った。

 これまで、医局の関連病院を都市部、地方と2、3年ごとにまわっていた。体力の限界を感じるようになったのはここ数年。朝から翌日の夕方までの当直勤務がつらかった。

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