●二重のがん防御機構

 三浦さんの専門は分子生物学である。それがなぜデバ?

「変な生き物が好き」。博士論文の研究をほぼ終え、次のネタ探しをするうちにデバに出会った。面白い特徴に惹かれた。理化学研究所の岡ノ谷研究室に通って飼育法を伝授してもらった。そのデバをそっくりもらい受け、11年、岡野栄之慶應義塾大学教授の支援でその研究室に飼育室を作った。14年にはまるごと北大に移った。

 研究の目標は、もちろんデバの長寿とがん耐性の解明である。「最初にiPS細胞を作ろう」と、デバの皮膚細胞に山中因子という四つの遺伝子を入れて多能性のあるiPS細胞を作った。iPS細胞は特別なネズミの皮膚に移植されると、増殖して「奇形腫」という一種のがんを作る。これは多能性の証明のひとつだ。

 ところがデバのiPS細胞は移植して半年たってもがんをつくらない。「デバのがん耐性に関係?」と三浦さんは考え、そのメカニズムを調べた。

 今年5月の発表によると、鍵は二つの仕組みだった。奇形腫を作るのに働くはずのERASというがん遺伝子が機能を失っていたこと。もう一つは、通常はiPS細胞では働かないがん抑制遺伝子ARFが、デバiPS細胞では働いていて、しかもそれが働かない場合は、細胞を老化させて増殖を止めるデバ特有のがん化抑制メカニズムが働くことを突き止めた。ARFはヒトも持っているが、デバのような二重の防御機構は知られていない。

 そのメカニズム解明と、デバの長寿を支える遺伝子解明が次の目標だ。デバは省エネ動物だ。マウスと比べると体温は5度低い32度、心拍数は3分の1の1分180回だ。これらも様々な耐性に関係するか。

「ヒトにすぐ使えるかどうかわからないが、デバの特徴は本当に面白い。研究者にとって宝の山だと思います」と三浦さんは言う。(科学ジャーナリスト・内村直之)

AERA  2016年7月11日号