鈴木敏夫さんの書斎は秘密基地のよう。書棚のあちこちにお茶目な小物も配置され、“向こう側の世界”へと誘ってくれる(撮影/写真部・岡田晃奈)
鈴木敏夫さんの書斎は秘密基地のよう。書棚のあちこちにお茶目な小物も配置され、“向こう側の世界”へと誘ってくれる(撮影/写真部・岡田晃奈)
一見脈略なく並べられた本棚の行間を読む。書店から個人の本棚に収まった時、その人の本棚という文脈の中で本は新たな意味を持つ(撮影/写真部・岡田晃奈)
一見脈略なく並べられた本棚の行間を読む。書店から個人の本棚に収まった時、その人の本棚という文脈の中で本は新たな意味を持つ(撮影/写真部・岡田晃奈)
子ども時代から、寝る前には5分でも、必ず本を開いてから眠る。そのまま読みふけって朝を迎えることも(撮影/写真部・岡田晃奈)
子ども時代から、寝る前には5分でも、必ず本を開いてから眠る。そのまま読みふけって朝を迎えることも(撮影/写真部・岡田晃奈)

扉を開けると、そこには約4千冊の蔵書がびっしりと並んでいた。
マンションの一室に広がる鈴木敏夫さんの本棚。
そこはまさに作品が生まれる豊穣な土壌、ひとつの生態系だった。
(編集部・小柳暁子)

 読書は人格を形成するというが、人間関係も形成する。鈴木敏夫さんと宮崎駿さんの絆を強靭なものにしたのは、子ども時代の共通の読書体験だった。

「隣家のおやじさんに可愛がられてよく家に行っていたんですが、その家には本がずらっと並んでいて。講談社の少年講談全集や江戸川乱歩の少年探偵団、怪人二十面相があって、それを全部読んだ。僕らの世代って、少年探偵団が大好きだったんですよねえ」

 人気キャラクターの絵を模写して送り、少年探偵団のバッジをもらったこともあった。

「中学くらいだと吉川英治の『宮本武蔵』。3~5回くらい読んでいるんですよ。これは中学生くらいの時に読むと本当にいい本だと思っていて。その延長で読むのが富田常雄の『姿三四郎』。つい先般、黒澤明の映画『姿三四郎』を再見しましたが、本当に大好き。僕の中では、宮本武蔵と姿三四郎は対であった」

 少年講談全集、江戸川乱歩、『宮本武蔵』に『姿三四郎』、それにシュールでユーモラスな作風の漫画家・杉浦茂を加えた5作品が好き、というのが宮崎さんと全く一緒だったという。

「『未来少年コナン』のジムシーとコナンが一緒に走るシーンの描き方が、杉浦茂の描き方なの。それを宮さんに会ったときに話したら、大喜びで(笑)。だから読書体験って大きいですねえ。2人でやっていくなかで延々とこの5作品の話をしている。8歳年が違うのに、なんで好きなものが同じなのか」

●手塚治虫に学んだこと

 鈴木さんは1959年の創刊時(当時10歳)から30代中盤まで「週刊少年マガジン」を読み続けたという漫画読み。徳間書店では「アニメージュ」編集長として漫画家とのつきあいもあった。

「僕にとってはちばてつや、白土三平、ジョージ秋山。白土三平はいろいろあるけど、『忍者武芸帳』が好きでした。絵の模写をたくさんしましたね。ジョージ秋山は『平凡パンチ』に連載されていた『日本列島蝦蟇蛙』。のちに親しくなっておつきあいもさせていただいて、面白かった。ちばてつやは…… これは宮崎駿にバカにされるんですけど、『あしたのジョー』が好きでしたね。宮さんは『あの後ろ姿にジーンとしているから団塊の世代はダメなんですよ』って(笑)。でも宮さんだって『紫電改のタカ』が好きなんですよ(笑)」

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