「日本代表製造工場」セレッソ 「家庭菜園」だった過去 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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「日本代表製造工場」セレッソ 「家庭菜園」だった過去

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練習を終えて、「セレ女」たちにサインや握手などを求められるセレッソの選手。選手は忙しいはずだが、熱心に応えていた(撮影/写真部・松永卓也)

練習を終えて、「セレ女」たちにサインや握手などを求められるセレッソの選手。選手は忙しいはずだが、熱心に応えていた(撮影/写真部・松永卓也)

 W杯ブラジル大会の日本代表メンバーには、セレッソ大阪からFW柿谷とMF山口の2人が選出された。かつてセレッソに所属していた選手では、香川真司(英マンチェスター・ユナイテッド)、FW清武弘嗣(独ニュルンベルク)、そしてサプライズ選出だったFW大久保嘉人(川崎フロンターレ)が選ばれた。実に日本代表23人のうちの5人が「セレッソ育ち」。こうした実力選手を育ててきたセレッソだが、環境を整えるまでには苦労もあったようだ。

「うれしい。素直にうれしいです」

 そう言って育成組が次々と代表に名を連ねることを喜ぶのは、育成組織であるセレッソ大阪スポーツクラブの宮本功代表理事だ。

 もともと、セレッソの前身であるヤンマーディーゼルサッカー部で選手としてプレーしていた宮本さん。引退後、数年のフロント生活を経て、出向元のヤンマーに戻ると、天然ガスなどエネルギー系の事業部門に所属した。セレッソの強化担当としてクラブに復帰したのは、2004年末のことだ。「まずはお金を集めなあかん。そう思いましたね」と宮本さん。選手育成に回すお金は、運営費の2割にも満たなかった。このビジネスモデルではまずい、そう思った。

 そのころ宮本さんは、選手強化の勉強をかねて、イングランドを視察していた。そこに、今のセレッソにつながるルーツがあった。

「とあるスタジアムで、試合前に宝くじを売っていた。しかも、ハーフタイムにその当選発表がある。試合中に突然、『小金持ち』が生まれるんです。不思議なことしてるなあって」

 その仕組みを知って仰天。

「くじの売り上げのおよそ半分は、クラブの育成のみに使われるって言うんです。ファンはもちろんその用途を知っている。つまり、ファンなら育成に関心を持ってお金を注ぎ込んでくれるんじゃないかって」

強靱な育成組織づくりこそ急務――そう判断した宮本さんが打った手が、個人協賛会「ハナサカクラブ」の設立だった。

 この協賛会は、セレッソ下部組織の練習試合や国内外の遠征、食事などの費用をサポーターから集めるための組織だ。「育成型クラブを目指す」と宣言する際に軸となるプロジェクトとして立ち上げた。

「自給自足型に変えた、と言えば聞こえはいいけど、家庭菜園をやるしかなかったんですよ。でも、育成にはお金が必要。宝くじは法律上できないけど、協賛会ならうまくいくって考えました」

 会費は1口3千円。育成費用を捻出する仕組みを整えたが、クラブ内部からは「無謀」と反対する声も少なくなかった。

「でも、理解してくれる人も多かった。会員に向けてピンバッジを作ってるんですけど、『そんな金あるなら、育成選手に牛乳飲ませ』っていう人まで出てきてくださいました」

AERA 2014年5月26日号より抜粋


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