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パズドラ 大ヒットはゲーム屋の執念から

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パズドラの衣装をかぶる森下。親交があるLINE社長の森川亮は「常識にとらわれず、やると決めたらやりきる行動力や発想力がある」と評する(撮影/伊ヶ崎忍)

パズドラの衣装をかぶる森下。親交があるLINE社長の森川亮は「常識にとらわれず、やると決めたらやりきる行動力や発想力がある」と評する(撮影/伊ヶ崎忍)

プロデューサーの山本。「40歳までに自分の創ったゲームをハリウッドで映画化し、死ぬまでにテーマパークもつくる」。夢は壮大だ(撮影/伊ヶ崎忍)

プロデューサーの山本。「40歳までに自分の創ったゲームをハリウッドで映画化し、死ぬまでにテーマパークもつくる」。夢は壮大だ(撮影/伊ヶ崎忍)

 スマートフォン向けゲームアプリ「パズル&ドラゴンズ」、略して「パズドラ」。社会現象と言えるほどの人気を博しているこのゲーム、開発したのはガンホー・オンライン・エンターテイメント。ヒットゲーム開発の経緯を探った。

 パズドラを提案したのは、転職してきたプロデューサーの山本大介(35)だ。ハドソンでモバイル端末向けのゲームを開発していた山本は、「尖っているけどシンプル」という理由で当時はまっていた海外のゲームから着想を得て、入社1週間で企画書を書いた。

 それを見た社長の森下一喜(40)には、ユーザーが電車の吊り革につかまり、片手でスマホを操作してゲームを楽しむ姿が浮かんだ。今や通勤電車のそこかしこで見られるようになった、あの姿だ。企画書では横だった画面を縦に変え、下半分にパズルを、上半分にモンスターバトルを表示する仕様を固めた。スマホの特性であるタッチパネルの「触感」にもこだわり、約半年の制作期間中に4回も作り直した。

 リリースは12年2月。同年末にはダウンロードが500万件を超え、米国や韓国など海外でも展開を開始。「スーパーマリオ」や「ドラゴンクエスト」に匹敵する社会現象になった。ただ、周囲のフィーバーをよそに森下は冷静だった。ある時、山本に言った。

「たまたまヒットしてるだけだから。テングにならずに一日一日、運営していこうな」

 パズドラは今も数カ月に一度、改善の手が加えられている。

 ガンホーが10月に発表した1~9月期決算は売上高が1162億円で前年同期の10倍に、営業利益は685億円で28倍に伸びた。対照的に、ソーシャルゲームの先行者だったグリーとDeNAの業績は下降線をたどる。ガラケー時代までは市場を寡占した両社だが、端末の主役がスマホに移る中、対応が遅れた。

「彼らはそもそもIT企業。ゲームが儲かると思うから参入しているのでしょう。僕らはゲーム屋として誇りを持ってやっている。根本的に違う」

AERA 2013年12月16日号より抜粋


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