野口健は「登山家としては3.5流」、しかしカリスマ性は怪物級。元マネージャーが照らし出した素顔とは

2022/10/20 19:00

『さよなら、野口健』小林 元喜 集英社インターナショナル
『さよなら、野口健』小林 元喜 集英社インターナショナル


 BOOKSTANDがお届けする「Yahoo!ニュース|本屋大賞 2022年ノンフィクション本大賞」ノミネート全6作の紹介。今回取り上げるのは、小林元喜(こばやし・もとき)著『さよなら、野口健』です。
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 1999年、25歳でエベレストの登頂に成功し、七大陸最高峰世界最年少登頂の記録を樹立。富士山やエベレストの清掃など、環境活動や社会貢献に積極的に取り組むアルピニスト――。
 これは野口建氏がメディアで紹介される際によく使われるフレーズ。皆さんの中にもこのようなイメージを持っている人は多いのではないでしょうか。けれど、山岳ジャーナリストや山岳専門記者などからは「登山家としては3.5流」「アルピニストとは名乗れない」という声も聞かれます。
 果たして、野口建とはいったいどのような人物なのでしょうか。2003年に出会って以来、計10年にわたり野口氏のマネージャーを務めた小林元喜氏が、その知られざる実像に迫った一冊が『さよなら、野口健』です。
 同書前半では、野口氏の生い立ちが記されています。アメリカ・ボストンで生まれ、4歳の時に初めて日本に来ました。日本語が話せなくて幼稚園・小学校のときにいじめられたこと、小学校6年のときに両親が離婚したこと、ロンドンの全寮制の学校では落ちこぼれだったこと......なかなか自己肯定感を築けない中で、野口氏が自身をアピールできるものとして見つけたのが「山」でした。高校2年生のときにモンブラン、続いてキリマンジャロに登頂した野口氏は、「世界最年少で七大陸最高峰に登れないか」と考えます。
 亜細亜大学の一芸一能入試ではこの目標をアピールし、見事合格。入学後は、自身で計画書を作って企業を説得し、見事スポンサーを獲得します。見た目や雰囲気に華があり、雄弁。誰をも惹きつける独特のオーラをまとっている――それは野口健という人物を語る上での大きな特徴です。
 小林氏もそんな野口氏に一発で魅了されたひとり。当時所属していた事務所から独立したいと話す野口氏を見て、「母性本能をくすぐられるとはこういうことか」「この人は俺がいないとダメなんじゃないか」と思い、野口健事務所の立ち上げに協力し、マネージャー的立場で献身的にサポートするのです。
 こうして野口氏は活動の幅を広げていきますが、小林氏は10年間のうちに3度も事務所を辞めています。理由は、次第に野口氏の感情の起伏が激しくなり、小林氏がそれに耐えられなくなったためでした。しかし、野口氏に謝られると嬉しくなって許してしまい、また一緒に働こうという気持ちになるのです。これもまた、野口氏のカリスマ性がなせる業だと言えるのかもしれません。
 周囲には非常に厳しい野口氏ですが、いっぽうで、富士山やエベレストの清掃をはじめ、被災地支援やシェルパ基金、沖縄での遺骨収集、ヒマラヤでの学校建設、森林再生プロジェクトなどさまざまな活動を実践しているのも事実です。野口氏は人並み外れた行動力や情熱で他の人たちを巻き込み実現していく力を持っています。
「私と違い、野口は早くも自身の役割を見つけ、山に挑む中で自意識から自由になることができたのではないか。そして、常に自身に与えられた役割に真摯に向き合い、コツコツと継続し、多くのことを蓄積してきたのだろう」(同書より)
 さらに同書の冒頭では以下のようにも記されています。
「蜜月の時代もあれば、倦怠や互いに傷つけ合う不和の時代もあった。野口の優しさにひとり涙した時もあれば、二度と会わないと絶交を誓った期間もあった。ただ、どんな時も野口のことを考えない日はなかった。ずっと頭から離れない存在。そんな人間は四十三年間生きてきた私にとって、野口しかいなかった」(同書より)
 アルピニストとして知られる野口氏をこれまでとは違った角度から照らした同書は、人間が持つ奥深さを私たちに知らしめてくれます。これを"元マネージャーの暴露本"だと思うのはとんでもない。同書は自身の人生に多大な影響を与えた野口氏への愛憎入り混じったラブレターだと感じるのは私だけではないはずです。
[文・鷺ノ宮やよい]

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