現代日本に生まれてよかった!? 昔の日本と世界の辺境を比較して見えてくるもの

2022/08/16 21:00

『世界の辺境とハードボイルド室町時代』高野 秀行,清水 克行 集英社インターナショナル
『世界の辺境とハードボイルド室町時代』高野 秀行,清水 克行 集英社インターナショナル


 「室町時代の日本人と現代アフリカのソマリ人は似ている」と聞いて、「なるほど」とピンと来る人は少ないだろう。たいていの人にとっては室町時代の日本も現代のアフリカも身近なものではない。どちらも遠い世界のことのように感じてしまうのではないだろうか。
 そんな2つを大胆にも比較したのが、アジア・アフリカの辺境事情に精通している高野秀行氏と日本中世史を専門とする歴史学者の清水克行氏の対談をまとめた書籍『世界の辺境とハードボイルド室町時代』。
 対談形式で書かれているためとても読みやすく、話題は室町時代やソマリ人にとどまらず多岐にわたっている。古代や江戸時代の話もあれば、タイやミャンマーといったアジアにも飛ぶ。法や制度だけでなく、酒や米、国家やグローバリズム、はては犬や男色にまで広がるほどだ。
 そして2人の対談は、単に雑学やうんちくを語り「似たもの探し」や「あるある」を言い合うだけでは終わらない。それぞれの知識や経験をもとに比較照合することで、「昔の日本」と「世界の辺境」という現代の日本人にとって2つの異文化世界の存在をより立体的に感じさせてくれるのだ。
 たとえば、室町社会とソマリ社会の類似点として高野氏は法秩序の体系を挙げている。
「清水さんは、中世の魅力っていうのは、複数の法秩序が重なっていて、それらがときにはまったく相反しているんだけれども、その中で社会が成立しているところだっていうふうにお書きになっているじゃないですか。
それはまさに、僕が良く取材に行くアジア・アフリカ諸国の現実と同じなんですよね。表向きは西洋式の近代的な法律があるんだけど、実際には、伝統的というか、土着的な法や掟が残っていて、それが矛盾していたり、ぶつかり合っている」(同書より)
 室町時代には、幕府や荘園領主などが定めた法と村落などの地域社会で定めた法などが多元的に存在していた。教科書などで学んだ記憶がある人もいるだろうが、字面だけから実情を想像するのは難しい。ところがアフリカでは今でも、市場で盗みを働いた者を現行犯で捕まえると袋叩きにしてしまうという。もちろん国の法律で認められている行為ではないが、現実的には黙認されているのである。
 そしてこの類似点を掘り下げていくと、大きな相違点が明らかになる。現代の日本では当たり前の「受けた損害について金銭で解決する」賠償という発想が、中世の日本には存在しなかったのだ。江戸時代に入っても賠償の発想はほとんどなかったといい、このことを清水氏は「日本法制史上の大問題」と述べている。
 また、中世日本もアフリカもめったなことでは多数決をとらないという。ちょうどいい落としどころが見つかるまで村の中で延々と話し合いをつづける。狭い地域社会で生きていく知恵として、「少数派の切り捨て」になってしまう多数決を避けたのだろう。多数決が民主主義の基本だと考えがちな現代日本人は、ハッとさせられるのではないだろうか。
 「当たり前を疑える」のが、遠い世界のことをあえて学ぶメリットだろう。清水氏の言葉を引用する。
「僕は学生に対していつも言っているんですよ。今生きている社会がすべてだとは思わないでほしいって。それとはぜんぜん違う論理で動いている社会があるんだし、我々の先祖の社会にも今とはぜんぜん違う仕組みがあった。その仕組みを勉強しても直接的には役に立たないけれど、そういう社会があったっていうことを知るだけで、ものの見方が多様になるんじゃないかって言っていますね」(同書より)
 高野氏も同意するように語っている。
「今の日本社会は人類社会のスタンダードではないし、僕たちの価値観だってそうですよね。自分は今たまたまここにいるだけなんじゃないかっていう気がときどきするんですよね」(同書より)
 さらに清水氏はこうも話している。
「僕は授業で学生にアンケートを書いてもらうんですけど、一番残念なのは『今の時代に生まれてよかったとおもいました』という感想なんです。中世史を学んで、『あんな社会に生まれなくてよかった』と思ってしまうのは、思考が停止しているということですよね。過去への共感もないですし、自分が今いる場所から出ようともしていない。
 別の何かと比較することで、自分が生きている現代を相対化することができる。タイムマシンで旅行することはまだ不可能で、世界の辺境に長期滞在することも現実的には難しい。時空を超えた文化を学び見識を深める入口として、同書はうってつけの存在だろう。自分の価値観が絶対的なものではないことを知り、多様な視座を身につけてみてはいかがだろうか。

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