【「本屋大賞2021」候補作紹介】『逆ソクラテス』――敵は先入観。理不尽な世界に立ち向かう子どもたちを描く短編集

2021/02/26 19:00

『逆ソクラテス』伊坂 幸太郎 集英社
『逆ソクラテス』伊坂 幸太郎 集英社


 BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2021」ノミネート全10作の紹介。今回取り上げるのは、伊坂幸太郎著『逆ソクラテス』です。
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 2000年のデビュー以来、数々の作品を執筆し、『アヒルと鴨のコインロッカー』や『ゴールデンスランバー』など映像化された作品も多い伊坂幸太郎さん。彼のデビュー20周年を飾るともいえる小説が『逆ソクラテス』です。
 全部で5つの短編から成り立っている本書は、どの物語も小学生の主人公たちが理不尽な現実を逆転させるべく、今ある状況に立ち向かう話になっています。
 「敵は、先入観だよ」と、教室や世の中にはびこる先入観を覆そうとするのは、第1話目、本書のタイトルにもなっている物語「逆ソクラテス」の小学生たちです。
 主人公は、小学6年生の「僕」(加賀)。「僕」のクラス担任の久留米先生は、ものごとをなんでも決めつけ、自分の判断を疑いもせず、それを周囲にも押し付けようとするタイプです。クラスメイトの草壁に対しても「駄目な生徒」と見下した態度を見せており、そのためクラスには草壁を少々ないがしろにしても問題ないという空気が流れています。
 それを見過ごさなかったのが、転校生の安斎です。彼は草壁をからかっていたリーダー格の土田に「俺はそうは思わないけど」と言い放ち、「僕」とふたりになったときに「久留米先生の先入観を崩してやろうよ」と持ちかけるのです。
 そこで、安斎の計画のもと、「僕」と草壁、女子仲間の佐久間の4人は作戦を次々と実行に移していきます。算数のテストの際に、答えが書かれた紙切れを草壁に回すという"カンニング作戦"、不審者に遭遇した佐久間を助けたのが草壁だと周囲に思わせる"噂作戦"。極めつけが、プロ野球選手へのあるお願いです。学校を訪れて野球教室を開催することになった人気選手に対し、安斎と「僕」は「草壁のスウィングを見たときに『素質がある』と褒めてあげてほしい」と頼み込むのです。
 この短編には、「自分は何も知らない、ってことを知ってるだけ、自分はマシだ」というソクラテスの言葉が出てきます。自分は何もかも知っているという思い込みを疑わなければいけないという意味であり、久留米先生のような人間はソクラテスとは逆の人間、つまり「逆ソクラテス」だというわけです。こうしたタイプはどこの世界にもいるものですが、私たちは大人になっても、そこに蔓延する同調圧力により、正しい意見や自分の考えを言い出せず、もどかしい思いをすることも。
 それだけに、そうした状況に立ち向かい、打破しようとする子どもたちの姿は、読んでいて胸に迫るものがあります。
 収録されている短編の多くが、大人になった登場人物たちによる回顧というスタイルをとっている本書。成長した今だからこその視点があったり、登場人物たちのその後を知ることができたりする点も、物語に深みを与えています。草壁の現在の姿を見て、安斎や「僕」の作戦がけっして無意味ではなかったこと、プロ野球選手の放ったひとことが草壁にとってその後を変えるほどの自信になったことを読者はラストで知ることとなります。そして、安斎がものごとを先入観で見ることになぜあれほど抵抗していたのかも、大人になった「僕」と草壁の会話から思い知ることでしょう。
 大人になってみると、子ども時代の思い出は美しかったと思うことがあるかもしれませんが、よくよく思い返してみれば、理不尽な教師による圧力、親の職業や地位による格差、クラス内でのスクールカーストなど、そこにあるのはけっして純粋無垢なものだけではなかったはず。そんな世界をひっくり返そうとする逆転劇の数々は、みなさんに晴れやかな読後感をもたらしてくれるでしょう。
 紹介した「逆ソクラテス」のほか、「スロウではない」「非オプティマス」「アンスポーツマンライク」「逆ワシントン」も秀逸な物語ばかり。本書はベテラン作家ならではの円熟味あるストーリーや文章で、小説を読む楽しさを心から教えてくれる一冊となっています。
[文・鷺ノ宮やよい]

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