『その名を暴け: #MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い』ジョディ・カンター,ミーガン・トゥーイー,古屋美登里 新潮社
『その名を暴け: #MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い』ジョディ・カンター,ミーガン・トゥーイー,古屋美登里 新潮社

 セクシャルハラスメントや性的暴行の被害体験を告白・共有する際に使われるハッシュタグ「#MeToo」。ネット上で話題となるや、世界的な一大ムーブメントへと発展しました。その発端となったのが、2017年に『ニューヨーク・タイムズ』が報じた、ハリウッドの大物プロデューサーであるハーヴェイ・ワインスタインから性的暴行を受けたとする女性たちの告発です。

 今回紹介する書籍『その名を暴け:#MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い』は、その報道に至るまでの2年間の舞台裏を、『ニューヨーク・タイムズ』の女性記者であるジョディ・カンターとミーガン・トゥーイーが綴ったノンフィクション。女性たちが告発するのにどれほど多大な勇気を要したか、ワインスタイン側とどのような激しい攻防が繰り広げられたかなどが臨場感たっぷりに描かれています。

 前途ある女優や従業員など、数えきれないほど多くの女性たちに性的暴行を繰り返してきたワインスタイン。なぜ長い間、彼の悪事は見過ごされてきたのでしょうか。

 その理由のひとつにあるのが「秘密保持契約」の存在です。あるスタッフが、国際映画祭に出張した際にワインスタインから性的暴行を受け、弁護士に相談してワインスタインの行為をやめさせるための合意書を作成しようと交渉を試みます。しかし、最終的には巨額の示談金が支払われるとともに、「自分の身に起きた出来事を話してはならない」などの厳しい制約が課せられた守秘義務の合意文書にサインすることとなってしまうのです。

 女優の卵たちも然り。「役がもらえないかもしれない」という恐怖心から、ワインスタインからの性的暴行に屈したり、見て見ぬふりをしてやり過ごしたりした者がほとんどだったのです。

 脅しともとれる卑劣な手口で沈黙させられてきた被害者たちですが、ジョディとミーガンの真摯な取材に応じ、少しずつ変化を見せていきます。最初はオフレコを希望していた彼女たちの中から、実名での公表に応じる者が出てくるようになり、ついには女優のアシュレイ・ジャッドが「情報提供者として名前を出す心の準備ができた」とジョディに告げるのです。

 一方で、スパイを使って取材を妨害しようとしたり、ワインスタイン本人がタイムズ社に乗り込んできたりと、ワインスタイン側も徹底的に記事の公開を阻止する構えを見せます。この激しい攻防には、読みながら誰もがハラハラしてしまうことでしょう。

 しかし、ついに2017年10月5日、「ハーヴェイ・ワインスタインは何十年ものあいだ 性的嫌がらせの告発者に口止め料を払っていた」という記事が『ニューヨーク・タイムズ』に公開されます。それは、ハリウッドで「神」として君臨していたワインスタインが、その座を追われることとなった瞬間でした。

 告発者の一人の言葉に「日常生活や結婚生活に支障が出るので声を上げられない女性たちのために、声を上げたいと思っています。わたしには三人の娘がいます。そして娘たちには、どのような環境であれ、こうしたひどい扱いを"普通のこと"だと受け止めてはならないと教えたいのです」(本書より)というものがあります。本書の原題は『She said』。性的暴行に屈することなく声をあげる行為が多くの女性を勇気づけ、「#MeToo」運動の高まりにつながったことが、本書を読むとよくわかります。

 そのきっかけを作った女性記者二人による渾身のルポタージュ。400ページという大ボリュームながら、皆さんもページをめくる手が止まらなくなるに違いありません。

(文・鷺ノ宮やよい)