美術館を訪れたとき、展示作品の背後にある"壁の色"を意識したことはあるでしょうか。



 展示作品に夢中で、そこまでは覚えていないという方がほとんどかもしれません。もちろん展示作品こそが主役ですが、美術館における壁紙の色は、作品自体にも影響を与え、空間演出のカギを握っているのだそうです。



 たとえば本書『美術館の舞台裏』の著者である高橋明也さんが2006年から館長を務める、東京丸の内の三菱一号館美術館の壁の色は、少し赤味がかったグレーブラウン。悩みに悩んで決断した色だといいます。



 その理由として高橋さんは、人間の眼が暗い色よりも明るい色に反応するという点を挙げ、次のように解説します。



「落ち着いた色調の作品をベージュなど明るめの色調で囲むと、作品はより暗い印象で眼に映ります。相対的に一九世紀の絵画は暗い色調の作品が多いため、周囲の壁の明度・彩度を作品よりも抑え目に設計しておかないと、絵画の色合いが暗く見えてしまいます。ですから、白やベージュというような明るい色より、トーンを抑えたブラウンのほうが一号館美術館の壁には理想的な選択だったのです」(本書より)



 背景をいかに扱うかによって、元々の名画に一層立体感が生まれ、深い画面効果が得られるということ。



 2011年、リニューアルオープンを果たしたフランス・パリのオルセー美術館においても、改装工事の際、壁紙の色に従来の薄いサンドベージュではなく、青みがかった深いグレイを一部採用。これによって、作品の画面はより明るく見え、引き締まり、立体感が生まれたといいます。

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