町山智浩さんへの異常な愛情。「男だけど抱かれてもいい」



 引き続き、作家・樋口毅宏さんの読書遍歴をお届けします。まずは、樋口さんが白夜書房の編集者だった時代に手がけた本......の中でも特に「素晴らしい出来だった」と自負する一冊についてうかがいます。



「著者は、『週刊プロレス』が週60万分部を売り上げ、今よりずっと影響力があった時代に、記者として日本中を飛び回って週に何十ページも記事を書き、それなのに手取り20万ぐらいという生活をしていた小島和宏さん。そんな小島さんが『週刊プロレス』略して週プロを辞められた後に、週プロにいた日々のことを書いて頂いたのが『ぼくの週プロ青春記』です。大学在学中からベースボール・マガジン社に潜り込んで週プロを作るようになっていったこと。当時、大仁田厚さんのFMWが成り上がっていく過程の中で、一記者としてだけでなく、路線や展開についても意見をして徐々に信用されていき、いわゆるアングルにまで決定権を得るほどの記者になっていく。そういう青春を送っていくんですが、仕事を優先してしまうがために、女性にはフラれたり、ご自身も体をおかしくしてしまったりして、週プロも辞めざるを得ない展開になっていって......。自分で言うのも何ですけれども、小島さんのお陰で本当に素晴らしい本になりました」



そして、その本が発売された一年後、今度は樋口さん自身の本が世に出ることになります。2009年の作家デビュー作『さらば雑司ヶ谷』。その作家転身へのきっかけを作った一冊が、『僕のなかの壊れていない部分』でした。



「2004年に白石一文さんが出された小説なのですが、当時白石さんはまだ文藝春秋社の編集者で、周囲からは文藝春秋社のエース、将来の社長候補とまで言われていた方でした。この一冊は僕の中で一番すごい読書体験。『僕のなかの壊れていない部分』以前、以後になったんです。生きていていくつもの自分がいるのは当たり前のことなのに、恋愛小説には恋愛のことしか書いていないし、仕事の小説には仕事のことしか書いていない。でもこの小説の主人公は、会社で働いている自分、彼女Aといる時の自分、彼女Bから見た自分、彼女Cにとっての自分、母親にとっての自分、社会の中の自分......と、複数の視点から見られる自分として存在していました。これまでなんて薄っぺらな主人公の本を読んできたんだろうと、気づかされてしまったんですね。こういう描き方があるんだ。これぞ小説なんだって、思ったんです。ほんとにこの本がなかったら、この気づきがなかったら、僕は小説家になれませんでした」



まさに恩人ならぬ恩本......。では、最近はどんな本にハマッているのでしょうか?



「映画評論家の町山智浩さんが"恋愛音痴"のために書いた恋愛映画の本『トラウマ恋愛映画入門』です。取り上げている作品は、『アニー・ホール』や『エターナルサンシャイン』、『めまい』『隣の女』など。僕自身も過去に観てきた作品ではありますが、この本を読むと、自分はこの映画を本当に観ていたのだろうか。表面だけなぞって知った気でいたのではないかって思うぐらい、町山さんの解説がすごいんです。実際に監督に会ったり、インタビューなどの膨大な英語テキストや脚本を読み込み、客観的なデータを積み重ねたうえで、そこにさらに町山さんの思い入れと洞察力が盛り込まれている。本当にためになる一冊です」



ちなみに、超多作な町山さんの本をすべて読破しているどころか、数々の連載も毎週・毎月追いかけ、町山さんになら抱かれてもいいと思っているというほど町山フリークの樋口さん。町山さん初心者にお勧めの一冊を伺うと......?



「ここはひとつ入門編として、衝撃のデビュー作だった『映画の見方がわかる本』をお勧めします。主に60〜70年代のアメリカンニューシネマについて語られているんですが、表紙にもなっている『時計じかけのオレンジ』のほか、『2001年宇宙の旅』『猿の惑星』と、映画史に残るような作品が取り上げられています。映画って100人が観たら100人の解釈があっていいんだって思っていたんですが、映画の見方、正解というのがあるんだということを町山さんから教わりました。映画を超えた映画本だと思います」



では最後、今年賛否両論を巻き起こしたあの本について伺って締めたいと思います。



「『タモリ論』を書くきっかけになったのは、雑司ヶ谷を舞台にしたハードボイルド小説『さらば雑司ヶ谷』の中に書いた、タモリさんにまつわるストーリーとはまったく関係ないエピソードでした。それが一人歩きして、本が出て何年か経ってから新潮社の金寿煥さんという新書の担当者が"あれを一冊の本にしませんか?"と言ってくださったんです」



そうしてベストセラーとなった『タモリ論』。樋口さんから、こんなメッセージがあります。



「みなさん、amazonのレビューを見てください。新潮社がこんな本を出すなんて情けない。金返せ。小学生の夏休みの自由研究の方がよっぽどましだ。など、温かい言葉をいただいております。ほんと励まされます。みなさんどんどん書いてください!」





(プロフィール)

樋口毅宏

ひぐち・たけひろ/1971年東京都豊島区雑司ヶ谷生まれ。作家。出版社勤務を経て、2009年『さらば雑司ヶ谷』で小説家デビュー。著者に『さらば雑司ヶ谷R.I.P.』『日本のセックス』『民宿雪国』『テロルのすべて』『二十五の瞳』『ルック・バック・イン・アンガー』『タモリ論』がある。



(クレジット)

取材・文=根本美保子