撮影=本山謙二
撮影=本山謙二

 外国人観光客があふれコロナ前の喧噪(けんそう)が戻ってきた眠らない街・新宿。そんな街の片隅にアカデミックな会話ができるバーがある。哲学、歴史学からAIまで、研究者の卵が日替わりでバーテンダーをつとめる「学問バー」に行ってきた。

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 歌舞伎町の片隅に「学問をネタに集まるバーがあるらしい」という噂を聞いて新宿に行った。

 雑居ビルの5階にある「学問バーKisi」。ここでは毎日異なるテーマでイベントが開催され、大学院生や研究者が日替わりでつとめるバーテンダーとお酒を飲みながらアカデミックな会話が楽しめる。今日のイベントは、「脱構築」というワードで一世を風靡(ふうび)したフランスの哲学者ジャック・デリダの『法の力』がテーマだ。案内には、「難解とされるデリダですが、このイベントに来ていただければ、ちょっと分かるようになるはず!」「カッコいいので是非きてください!」などとある。

 本日のバーテンダーは、慶應義塾大学大学院文学研究科で哲学を専攻し、修士論文の執筆を控えるべんけーさん(24)。

「人前で話すことで頭が整理され、修士論文を書く上でも役に立つ。お客さん相手に話すと、いつもは深く考えることを広く考えるようになった。将来は学術の世界だけでなく、広く社会に影響があることをやりたい」と語る。

 この日は、17時過ぎからスタートし22時まで、お客さんが入れ替わりながら11人で満席になる店内に約20人が来店した。べんけーさんは、「脱構築」の説明にデリダが例として挙げた幽霊、正義、国家、暴力、警察、他者といったキーワードを選び、壁に板書するスタイルで解説をしていく。通常だと会話のネタに20分ほどのスライドを使用することが多いという。

「デリダにとって警察って、めちゃくちゃ大事だと思うんですけど」と話題を切り出し、「法の中にゼネストの権利がある。それで本来は、合法であるはずなのに、革命的な出来事が起これば国家の存続が危ぶまれる。そこで警察は、違法として回収する……」と板書しながら解説。その都度、お客さんと会話する。

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