映画「近江商人、走る!」は、30日から新宿ピカデリーほか全国公開(c)2022 KCI LLP
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「支度はね、ものの5分しかかからなかった。ホテルで着物着てから現場に行ったら、頭巾を被って、メイクもちゃっちゃっと自分でやれちゃう。これがちょんまげだと、1時間早く支度を始めなきゃいけない。いちばんキツいのが、撮影が終わって、カツラをとるその瞬間です。カツラをつけるとき、生え際を自然に見せるために、粘土みたいに分厚いドーランを塗るんですが、そのとき、びんつけ油も塗ったりするから、落とすときにベンジンを使う。この年になって生え際にベンジンを塗るリスク! 令和の時代に、もうちょっと進化しないものか、と(笑)」

 筧さんは、その時代劇のカツラをとる一連の作業を、「ベンジン地獄」と表現した。

筧利夫(撮影/写真映像部・高橋奈緒)
筧利夫(撮影/写真映像部・高橋奈緒)

「しかも、ちょんまげをとった後の見てくれは、情けない以外の何物でもないです(笑)。いくら舞台挨拶のときにスーツを着てカッコつけても、『しょせん、役者なんてこういうものなんだよな』と、表に出る部分とのギャップを、身につまされてしまうんです」

 メガホンを取った三野龍一監督は、1988年生まれの34歳。共演者も若手中心で、作中には、現代のオタク活動を彷彿させるライブシーンまで登場する。

「でも、若い監督だからといって、現場でのやりにくさとかはなかったです。僕の場合は、思ったようにやって、もし駄目なら監督さんが『ちょっとやりすぎなんですけど』って言ってくれると思っているので。あんまり現場で演技を工夫しようとは思ってなくて、メイクして衣装を着て現場行ってカメラの前に立ったら、あとはもう一日の終わりを待つだけ。演技は野となれ山となれです。一緒にやっている若い人が、台詞を言いにくそうにしていたら、『こうしたら?』なんてちょっと進言することもありますけど。今回は、滋賀と京都で撮影したんですが、京都は東映と松竹の撮影所の両方を使っていましたからね。エキストラのプロの人たちがいっぱい出てます。監督さんがじっくり撮るタイプの方で、撮影所の人たちが『わしらやったら3分の1(の時間)で終わっとるで~』って言ってました(笑)」

 筧さんにとって「やりすぎ」というのは褒め言葉だ。筧さんの芝居の原点は舞台にあるが、演出家から、「『お前それはやめてくれよ』と言われるぐらいやってほしい」と言われて育った。

「蜷川(幸雄)さんからも言われましたよ。『俺が言ったことをやるようにするんじゃない。俺に命令されるんじゃない。とにかく自由に、勝手にやりなさい』『君らが勝手にやってくれるのを僕は交通整理するだけだから』とか。蜷川さんには3回ぐらい『それはやめてくれ』って言われて、そのときは内心『勝った』と思いました(笑)。舞台は、観に行く方も、役者の限界が見たいって思ってるフシがあって、役者がきつければきついほど観ている方は楽しくなる。だからこれは、舞台で培った考え方なんです」

(菊地陽子 構成/長沢明)

筧利夫(撮影/写真映像部・高橋奈緒)
筧利夫(撮影/写真映像部・高橋奈緒)

※記事後編>>筧利夫の健康法は“ウンコ”?「2回じゃどうも足りない」はコチラ

週刊朝日  2022年12月30日号より抜粋