斉加 私自身も必ず異なる意見の人たちのところへ話を聞きに行くので、僭越(せんえつ)ですが、社会に向ける目線が同じかと思いました。日本においては、戦争の加害について「自虐史観」で歴史を教えるなという言説がずっとあり、それが学校現場に暗い影を落としています。「記憶の戦争」には、自国の軍隊に不名誉なことを語るなという考えの韓国の軍人の人たちがたくさん出てきますから、今回、ボラさんにも映画を巡って、厳しい意見がたくさん届いたんじゃないかなと想像しました。

【記憶の戦争】ベトナム戦争時、韓国軍から受けた蛮行の傷痕に長く苦しむ人たち。軍の責任を問う「市民法廷」の行方と、村のいま。(c)2018 Whale Film
【記憶の戦争】ベトナム戦争時、韓国軍から受けた蛮行の傷痕に長く苦しむ人たち。軍の責任を問う「市民法廷」の行方と、村のいま。(c)2018 Whale Film

ボラ 韓国では一般公開前に仁川の映画祭で上映したのですが、ベトナム戦争での韓国軍による民間人虐殺を扱う映画が上映される」と知って、その地域に住む参戦軍人たちが、劇場の前で大規模な集会を開きました。軍服を着てきて拡声器で「こんな映画をかけるな」と叫んだり、上映が始まると、入場してずっと観客の邪魔をしたりする人たちがいました。公開後も、軍人の方々が来て、「こんな虐殺は嘘(うそ)だ」と言われました。

おそらく斉加監督も女性ということで苦労されたと思いますが、私が叩かれたことの一つは、軍隊に行ったことのない女性が戦争について発言するなという攻撃、二つ目に、当時私が20代の若いスタッフたちと一緒に作ったので「青二才のくせに戦争を語るな」と言われました。さらに、この映画が日本で公開された時には、監督が韓国人だという理由でバックラッシュ(反動)にあいました。

斉加 例えば、日本で慰安婦の存在を否定する人たちは「証拠がない」っていうんですね。証言する人はいるけれども、そこに証拠資料がないじゃないかと。飛躍した論理だと思うけれども、信義であるように宣伝を続ける。そうすると、「教育と愛国」の中で表現したように、もうなかったんだと、公然と叫び出す人たちが出てくる。

ボラさんは「虐殺を見たんだ」という証言者と証拠はなかったという人たち、それぞれ取材されてどうお感じになられましたか?

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私がこうしたテーマで映画を作り続ける理由