ライター・永江朗さんの「ベスト・レコメンド」。今回は、『ストーリーが世界を滅ぼす』(ジョナサン・ゴットシャル著 月谷真紀訳、東洋経済新報社 2200円・税込み)を取り上げる。

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 普段ぼくたちは、物語はいいものだと思っている。物語は人の心を豊かにする、と。ユヴァル・ノア・ハラリは『サピエンス全史』(河出書房新社)で、虚構がお互いの協力を可能にし、サピエンスを進化させたといっている。虚構とは物語だ。

 物語は強力だ。小説であれ映画であれ噂話であれ、よくできた物語はぼくたちの心に深く食い込む。人を動かす。残念ながら、それは必ずしもいいことだとは限らない。ジョナサン・ゴットシャルは『ストーリーが世界を滅ぼす』で警鐘を鳴らす。

 印象に残る3行がある。

<人は物語を求める。/物語は問題を求める。/問題はそれを起こした悪者を求める。>

 ぼくたちはヒーローが悪者をやっつけて問題を解決する物語に拍手喝采する。勧善懲悪。だが、いつのまにか思考が逆立ちして、問題があるところに悪者を仕立て上げて攻撃してはいないだろうか。その「悪者」は、ほんとうに問題の原因か?

 たいていの戦争は物語が引き起こす。国民は物語で扇動され、戦場に駆り出される。たとえば大日本帝国は「五族協和」だの「八紘一宇」だのという物語で中国を侵略した。やがてそれは「鬼畜米英」という物語になり、「国体護持」という物語になり、最後は「一億総懺悔」。

 マズいことに、ぼくら人類は虚構と現実の区別がつかない。テレビドラマの悪役を演じた俳優が、役を離れても悪人だと思っている人は意外と多い。繰り返し流される物語に知らず知らず影響されていく。

 ルワンダで起きた虐殺も、Qアノンに扇動されたトランプ派の議会襲撃も、ロシアのウクライナ侵攻も、物語が原動力になった。物語は取扱注意!

週刊朝日  2022年9月9日号