芸術家として国内外で活躍する横尾忠則さんの連載「シン・老人のナイショ話」。今回は、死について。

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 大変なことが起こった! 安倍晋三元首相の襲撃事件の五時間前、早朝六時、突発的な胸の激痛に襲われ救急車で搬送。かつて一度も経験したことのない胃から胸に突き上げてくる壊滅的苦痛に死の予感が走る。ああ、これが死の瞬間か、だったら穏やかに朦朧(もうろう)状態に陥って安楽死させてくれや、と内面の声が叫んでいる。

 院内をあわただしく、ストレッチャーで走行しながら採血と心電図。次の瞬間下半身裸にされて容赦なく尿道にチューブを挿入。全身の苦痛が尿道に集中。×◎△□☆?%状態。チューブはそのまま膀胱(ぼうこう)内に放置。おむつ老人のまま、次なる手術は右手首の血管から心臓へカテーテルを注入。麻酔の注射が痛てて。モニターには一体何が写っているのか。まるで「ミクロの決死圏」状態で、生身の人間のサイボーグ化。SF世界で何が進行しているのか、さっぱりわかりません。

 医学的に解説するとこういうことです。

 心臓カテーテル検査で、血管に細い管を入れて画像診断をよりわかりやすくする造影剤を心臓の血管に注入して、血管の詰まり、狭窄(きょうさく)を見ると、左の血管の一本が詰まっており、後ろの一本の血管が狭くなっていたことが判明。腕には点滴が入っていて血管がなかったので、足の動脈から管を入れられた。また、造影剤が体内に残ると腎臓に負担がかかるので、点滴で水分を補って尿として排出させる。検査中は動くと危険で、動けない状態にあるので、尿意を催した場合の安全のために、膀胱にカテーテルが入っている。ということになるが、心臓カテーテル検査中に動けないのが一番辛い。この検査は一時間以上かかったように思う。背中は痛くなるし、それ以上に、精神的、肉体的拷問で、発狂寸前。「ギャーッ」と声を上げたくなる。

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横尾忠則

横尾忠則

横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。20年東京都名誉都民顕彰。

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