慶應大学で見たい“重要文化財”とは? 三田の図書館と演説館

2022/04/14 16:00

図書館旧館 建築当時は、向かって左の三角屋根の部分が書庫だった (撮影/写真映像部・東川哲也)
図書館旧館 建築当時は、向かって左の三角屋根の部分が書庫だった (撮影/写真映像部・東川哲也)

 キャンパス内に、国指定の重要文化財を所有する名門大学がある。なかなか見る機会のない歴史的建造物を訪ねるシリーズ。第1弾は「慶應義塾大学」です。

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 慶應義塾大学三田キャンパスには、重要文化財に指定されているふたつの歴史的建造物がある。

図書館旧館を入ってすぐのところには、高さ約6.5m、幅約3mのステンドグラスが。空襲で失われたが、昭和49(1974)年に復元された (撮影/写真映像部・東川哲也)
図書館旧館を入ってすぐのところには、高さ約6.5m、幅約3mのステンドグラスが。空襲で失われたが、昭和49(1974)年に復元された (撮影/写真映像部・東川哲也)

 まずは同大の象徴というべき赤レンガの慶應義塾図書館旧館。明治45(1912)年に開館した。官尊民卑の時代で東京帝大には36万冊もの蔵書があったが、慶應の蔵書は3万冊だったという。私立の意気込みを見せるべく、建設資金を募集して建てられた。

現在、2階は展示館になっており、『西洋事情』初編や福澤がアメリカ土産として持ち帰った乳母車などが展示されている (撮影/写真映像部・東川哲也)
現在、2階は展示館になっており、『西洋事情』初編や福澤がアメリカ土産として持ち帰った乳母車などが展示されている (撮影/写真映像部・東川哲也)

 残念なことにこの図書館は、昭和20(1945)年に空襲にあう。幸いにも書庫は無事だったが、本館は外壁を残して全焼してしまった。修復を終えたのは昭和24年のことだ。

 もうひとつは三田演説館。そもそも「演説」とは、同塾を開いた福澤諭吉によって造られた言葉だ。明治7(1874)年に三田演説会が組織され、その専用演説会場として翌年に建てられた。

三田演説館 外壁は、平瓦を斜めに並べて打ちつけ、目地を漆喰でかまぼこ形に塗っている (撮影/写真映像部・東川哲也)
三田演説館 外壁は、平瓦を斜めに並べて打ちつけ、目地を漆喰でかまぼこ形に塗っている (撮影/写真映像部・東川哲也)

 城郭や武家屋敷などに用いられたなまこ壁と呼ばれる外壁を持つ一方、内部は完全なる洋式。中央部は吹き抜けとなっている。

演壇の後ろに掲げられているのは福澤の肖像。椅子の背もたれにはペンマークがかたどられている (撮影/写真映像部・東川哲也)
演壇の後ろに掲げられているのは福澤の肖像。椅子の背もたれにはペンマークがかたどられている (撮影/写真映像部・東川哲也)

 三田演説館は見学不可だが、図書館旧館は1階がカフェ、2階は慶應義塾史展示館(入館要予約)になっており、内部を見学できる。(取材・文=菊地武顕[本誌])

週刊朝日  2022年4月22日号

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