主演のアミル・ジャディディ (c) 2021 Memento Production ― Asghar Farhadi Production ― ARTE France Cinema
主演のアミル・ジャディディ (c) 2021 Memento Production ― Asghar Farhadi Production ― ARTE France Cinema

 昨年のカンヌ国際映画祭でグランプリを獲得した「英雄の証明」は国を超えて人々に大きな影響力を持つSNSの光と影を描き出す。イランが舞台のヒューマンサスペンスは日本にも通じるリアリティーがある。米アカデミー賞外国語映画賞を2度受賞したイランのアスガー・ファルハディ監督と主演のアミル・ジャディディに話を聞いた。

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 勝手に祭り上げて勝手に落とす。ネット社会となった今、犠牲になるのは有名人ばかりではない。

 映画「英雄の証明」は、美談の英雄に祭り上げられた男を主人公に、現代社会にはびこるゆがんだ正義と不条理をサスペンスタッチで描く。コロナ禍の中止があり2年ぶりに開かれた昨年のカンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した。

 借金が返せなかった罪で服役しているラヒム・ソルタニ(アミル・ジャディディ)はある日、2日間の休暇を取得する。軽犯罪者は休暇を得ることができ、一時出所を利用して借金返済をしようとしていた。実は数日前にラヒムの婚約者が拾った17枚の金貨を売って、ラヒムを訴えた貸主であり元妻の兄バーラム(モーセン・タナバンデ)に返済し、訴えを取り下げてもらおうとしたのだ。

 ところが、店で金貨を鑑定してもらうと、借金の半分程度の価値しかない。ラヒムを憎むバーラムは当然、示談交渉に応じることはなかった。翌日、金貨を我が物にしようとしたことに後ろめたさを覚えたラヒムは、金貨を持ち主に返すのだが……。

 メガホンを取ったのは、イランのアスガー・ファルハディ監督(49)。「別離」(2011年)と「セールスマン」(16年)でアカデミー賞外国語映画賞など、多くの賞を受賞している名匠だ。

 世界中の人々を魅了するのは、いずれの作品にも通じるリアリティーだろう。文化も言葉も異なるイランが舞台であるにもかかわらず、そこで起きることがとてもひとごととは思えない。本作では、「金貨を我が物にせず届け出た善意の囚人」が、SNSで祭り上げられながら、悪意ある中傷をきっかけにあっという間に不幸のどん底へ落ちていく。浮き彫りになるのは、人間の戸惑い、うそ、手のひら返しの態度、自己正当化……。どこの国であろうと変わらない、人間のエゴや卑小さがむき出しになる。

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