90歳前後の年齢、つまり「アラウンド卒寿(アラ卒)」の皆さんに、働き続ける理由や、元気でいられる秘訣などを聞いた。今回は狂言師・野村万作(90)さん。
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狂言とはなんぞや──。
人間国宝で文化功労者、そして卒寿。それでもなお、狂言を探究し続ける。
「年をとった今目指しているのは自己の芸の完成。勉強することは山ほどあります。まだまだ酸いも甘いもかみ分けてない」
若いころは「狂言は能と能の間で観客の肩をほぐすもの」などと言われた時代。狂言の普及に心血を注ぎ、海外公演も20カ国以上で行ってきた“開拓者”だ。
「今、世の中はガチャガチャしたものがはやってます。この間のオリンピックもそう。お芝居も、装置に衣装に音楽に照明に、まことににぎやかじゃないですか。そういうものをそぎ落として、役者の芸だけであらゆるものを表現する狂言ほど素晴らしいものはないと信じています。劇の神髄はここじゃないかと」
現在も月に10回近く舞台に立つ。年齢を重ねて人間性の深みを表現することに興味が増し、たとえば「花盗人(はなぬすびと)」という作品が大好きになったという。
桜の木の主が、花を盗んだ男を捕まえる。男が古歌を口ずさむと、花主はその教養に感心して酒をふるまい、土産に花の枝を折り、男にやる。
「人間肯定といいますかね。懲らしめるのではなく許しあう。上等な優しさに満ちた寛大な世界です。そんな素晴らしい伝統をわかってもらえれば、今の時代を生きながら古いものを今に生かすことができる。古典の殻に閉じこもるような精神は持っていないつもりです」
一方で、同じく人間国宝の狂言師だった父が今の自分の芸を見たら、いい点数はくれないだろうと感じている。
「『俺の教えたようにやっていない』って(笑)。昔は父のかばん持ちをして、非常に寄り添っていたんです。でも『俺と同じことをやっても俺以上にはなれないぞ』とも言われました」