コーチングには「待つという能力」も必要です。それは東京スイミングセンターでコーチになって10年間で得た教訓です。指導者が焦って教えすぎて、選手が自分で伸びていくチャンスを奪うこともあります。その選手の成長に応じて、必要な刺激を少しずつ与えて、力を伸ばしていく。

 五輪メダリストに共通する点に学習能力の高さがあります。それを引き出すために「待つ」ことが必要な場面もあります。大橋は人の話をしっかり聞いて、よく質問をしてきます。アドバイスをすると泳ぎに生かそうと努力します。金メダルにたどりつけたのは学習能力がすぐれていたから、と言えます。それはたとえば字がきれいだとか、提出物をきちんと出すとか、水泳以外の部分にも表れているような気がします。

 ひざの故障、貧血などで回り道をしながら、時間をかけて一番高い山に登れました。そこに至るプロセスは課題を見つけ、一つひとつクリアしていく地道な作業です。最後までいい泳ぎを続ける、いいターンをする、前向きに練習に取り組む、コーチの言うことを理解する……。自分で自分のルールを守れたかどうかが一番大切で、結果はあとからついてきます。大橋は奥谷コーチから、そういう素養を育む指導を受けてきたように思います。

 ジュニア選手の指導者は、早急に結果だけを求めないようにしてほしい。自分で決めたルールをしっかり守る、といった選手の内面を磨く指導が、将来の飛躍につながるはずです。

(構成/本誌・堀井正明)

平井伯昌(ひらい・のりまさ)/東京五輪競泳日本代表ヘッドコーチ。1963年生まれ、東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。86年に東京スイミングセンター入社。2013年から東洋大学水泳部監督。同大学法学部教授。『バケる人に育てる』(小社刊)など著書多数

週刊朝日  2021年9月24日号

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平井伯昌

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平井伯昌(ひらい・のりまさ)/東京五輪競泳日本代表ヘッドコーチ。1963年生まれ、東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。86年に東京スイミングセンター入社。2013年から東洋大学水泳部監督。同大学法学部教授。『バケる人に育てる』(小社刊)など著書多数

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