瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう)/1922年、徳島市生まれ。73年、平泉・中尊寺で得度。著書多数。2006年文化勲章。17年度朝日賞。単行本「往復書簡
瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう)/1922年、徳島市生まれ。73年、平泉・中尊寺で得度。著書多数。2006年文化勲章。17年度朝日賞。単行本「往復書簡 老親友のナイショ文」(朝日新聞出版、税込み1760円)が発売中。

 半世紀ほど前に出会った99歳と85歳。人生の妙味を知る老親友の瀬戸内寂聴さんと横尾忠則さんが、往復書簡でとっておきのナイショ話を披露しあう。

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横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。20年東京都名誉都民顕彰。(写真=横尾忠則さん提供)
横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。20年東京都名誉都民顕彰。(写真=横尾忠則さん提供)

■横尾忠則「今年は『入院の秋』は延期になりました」

 セトウチさん

 この手紙を書いている今日は九月一日。忍びよる秋の気配、秋深まる、秋たけなわ、木の実がなり、台風が来る。読書の秋、スポーツの秋、芸術の秋、食欲の秋、旅行の秋、惰眠の秋、僕ならさしずめ芸術の秋と思うでしょ。芸術は飽き秋。

 僕の恋こがれる秋はやっぱり「入院の秋」です。夏が終り秋口にさし迫る頃、ジワジワやってくるのが喘息の季節です。発作的に咳が出て呼吸困難になります。救急車で入院するほど危機一髪寸前で担架で運ばれて命拾いです。ハイ、これで入院が決定。ヤッタネ気分で、明日から楽しい入院生活の始まりです。

 何んでもいいんです。怠惰な日常世界から脱出できれば、そこは芸術世界です。入院は芸術です。未知の世界です。何が起こるかわからない世界です。シュルレアリスムとダダと、ポップアートと、バロックと、抽象表現主義と未来派と、浪漫派と、コンセプチュアルアートの狂気と快楽の世界の入院の秋です。だから入院が止められないのです。採血や点滴はまだ快感の域です。脳の液体を採取するために尾てい骨にブスリと太い注射が入ったり、顔面の内部からボコボコわけのわからない突起的な衝撃が走ったり、まあ恐しい検査はこの辺にしますが、やはり「入院の秋」は醍醐味です。狂気と快楽は病いのアレです。アレとはアレのことです。忘れてアレの言葉が出てきません。

 さあ一通り病院の通過儀礼が終れば、いよいよ病室の改善です。病室のアトリエ化です。ズラッと壁に並んだキャンバスに片っ端から絵を描いていきます。先生も看護師もアトリエ化した病室に見学に来ます。医療関係者対象の公開制作の始まりです。38度あった熱が制作の開始と共に、平熱に下がります。「絵画治療ですなあ」と感心する医師の先生方。絵を描き過ぎて病気になって、絵を描くことで病気を治す芸術的自然治癒です。芸術的創造は延命も約束します。

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