朝井:なるほど~。

林:編集の人に説得されて、一緒に海外取材に2回も行って、すごくお金かけて書いた小説もあるけど、売れなくて「ゴメンなさ~い」みたいなこともありました(笑)。そういうことの積み重ねですよ。「恩返しに一冊はヒットを出さなきゃ。じゃあ次に持ってきてくれた、この話にも乗ろうかな」とか。

朝井:私はそういうとき、「恩返しに」というよりは、「ゴメンなさい、ゴメンなさい。これ以上ご迷惑はかけません。もうかかわらないようにします……」みたいになっちゃうんですよねえ(笑)。

林:ああ、そこが今の人なんですね。私なんか、「でも、また話を持ってきてくれるってことは、採算はとれていたのかもしれない」って思うようにしています(笑)。

朝井:アハハ。私が見習うべきは、林さんのそのたくましさですね。

林:そうじゃなきゃ40年もやってこられないですよ。『正欲』という素晴らしい作品をつくったんだから、出版社に「こういうことしたい」「ああいうことしたい」と言ったっていいと思いますよ。

朝井:林さんはこれまで、得意なことを伸ばしてきた感覚が強いのか、苦手なことにも挑戦しながら書けるものが増えてきた感覚が強いのか、どちらなんですか。

林:たとえば不倫小説を書いて、それが当たると、編集者から次も「不倫小説を書いてください」って言われるじゃないですか。それがすごくイヤで、「私はこればかりじゃないんだ」って言うと、気持ちを察してくれたように「歴史小説を」とか「医療小説を」と言ってくれるんですよ。だからちょっと違う場所に自分を連れ出してくれる編集者の話に乗ってみることも大切じゃないかな。苦手だと思っているのは私だけで、編集者は長年私を見てきて「書ける」と思って言ってくれているのかもしれませんからね。

朝井:私は「苦手」を開拓することがほんとに苦手なんです。このままでは10年、20年続けるのは厳しいだろうなと思っています。

林:でも、この『正欲』を書けたら何だって書けると思いますよ。文章のうまさと完成度は、とても30代の人とは思えなかった。

朝井:いや、そう言っていただけると本当にほっとします。

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