代役に起用されたのが、かつての事務所の先輩・後輩の間柄で、盟友でもある歌手の沢田研二さんである。無類のギャンブル好きで、家族にも見放された借金まみれのダメオヤジを演じた。

 山田監督は言う。

「沢田さんは言葉には出さなかったけれど、この仕事を引き受けることは並大抵の決断ではなかったと思う。志村さんへの友情から引き受けてくれたのでしょう。志村さんをイメージしたダメ男を、沢田さんなりに新たに表現してくれた」

 ところが、撮影現場はコロナ前とは様変わりしていた。撮影、照明、録音、美術、衣装……。大勢のスタッフと、俳優たちでごった返し、ときには怒号さえ飛び交うのが撮影現場の常なのだが、撮影準備の間、出演者はそれぞれ車の中でマスクをつけて待機。リハーサルの間も、マスクをつけているので表情が見えない。「本番、ヨーイ、スタート」の声も低く抑えられ、カメラにはビニールシートがかかっていた。

 製作現場から感染者を1人でも出すことは決して許されない。十分な対策を施したというが、緊張の連続だったに違いない。「こんなことは長い映画人生で初めて」という山田監督の言葉は、重い。

 さて、今回の「キネマの神様」はフィルム上映を続けてきた映画館、名画座へのオマージュでもある。ネット配信などデジタル上映が主流の現代社会。地方都市でも、郊外型のシネマコンプレックス(複合映画館)に押され、昔ながらの映画館は驚くほど少なくなってしまった。

 監督に「映画館とは何か」を尋ねた。「うーん。難しい質問だなあ」とつぶやいたあと、言葉を選ぶようにしながら語った。

「にぎやかに見る。しーんとしているのではなく、わあわあ言いながら見る。それが映画館なんだな。見知らぬ人同士が一緒になってにぎやかに見る。笑ったり、涙をこぼしたりしているのが映画館。密な場所なのです。終わった後、思わず顔を見合わせて『良かったね』と言い合えるような世界ができあがる。それが映画館じゃないかな」

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