チョ・ナムジュ (c)朝日新聞社
チョ・ナムジュ (c)朝日新聞社

 作家・長薗安浩さんの「ベスト・レコメンド」。今回は、『ミカンの味』(チョ・ナムジュ著 矢島暁子訳、朝日新聞出版、1760円・税込)を取り上げる。

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 韓国で130万部を超える大ベストセラーとなり、国内外のフェミニズムに影響を与えた『82年生まれ、キム・ジヨン』。同作の著者、チョ・ナムジュの最新作『ミカンの味』は、現在の4人の女子中学生が主人公だ。

 彼女たちはソウル郊外の新興住宅地に暮らし、他の同世代と変わらず、家庭と学校と塾でほとんどの時間を過ごす。とはいえ、家庭環境も成績も異なり、それぞれ個別の悩みを抱えている。ぱっとしない映画部に入部して出会った4人はよくいがみ合うが、文化祭の準備で苦労する間に仲良くなり、「いつも一緒にいる四人」となる。そして、3年生になる直前の旅行先で、大人たちには内緒の、高校受験に関する約束をする。

 この約束が守られるのか、どうか? 最終部が冒頭場面に戻る倒叙法の効果もあり、読者は長くやきもきさせられる。この構成の巧さも本作の魅力なのだが、私がそれ以上に感心したのは、繊細な心理描写だった。

 登場人物の言葉にできない感情や思いを言語化することは、小説の大切な役割であり、作者の人間に対する理解が試される。相手が中学生であれば尚更で、優れた作品は本人も掴(つか)みかねている内面を、心理を、汲みとって的確に描写してみせる。

 訳者あとがきによれば、作者は子どもたちにたっぷり取材した上でこの作品を書いたらしい。だからなのだろう、セリフよりも心理描写の方が、4人の個性をよく表している。どこにでもいそうな思春期の女子中学生たちの、外見や発言からだけでは知り得ない個々の実相が、リアルに伝わってくる。

 シスターフッドの力で理不尽な学歴社会に抵抗する物語の余韻は、微笑ましく苦かった。

週刊朝日  2021年6月25日号