「帰れないかもしれない」と父は身なりを整えた 作家・下重暁子の「二・二六事件」 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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「帰れないかもしれない」と父は身なりを整えた 作家・下重暁子の「二・二六事件」

連載「ときめきは前ぶれもなく」

下重暁子週刊朝日#下重暁子
作家の下重暁子さん

作家の下重暁子さん

写真はイメージです(Getty Images)

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 人間としてのあり方や生き方を問いかけてきた作家・下重暁子氏の連載「ときめきは前ぶれもなく」。今回は、クーデターと革命について。

*  *  *
 ミャンマーで国軍によるクーデターが起き、選挙で選ばれたアウンサンスーチー氏をはじめとする重要人物を拘束したと伝えられた。これに対する抗議活動が全土におけるゼネストにまで発展しようとしている。四人の犠牲者が出たことも火に油を注ぐ形となった。

 同じ支配層の中の勢力が政権を力ずくで取ったクーデターである。

 クーデターと革命は明らかに違う。

 テレビでの池上彰氏の解説によれば、クーデターは時の政権を内部から引っくり返すことであるのに対し、革命は一般大衆が原動力になって社会や政治のシステムを変えようというもの。政権の担い手そのものが変わるということなのだ。

 有名なフランス革命をはじめとして、ロシア革命や様々な革命が起きて民衆が力を持ち、世界は大きく変化してきた。

 日本にも明治維新など、社会や政治の大きな変化はあったが、これを革命と呼べるのかどうか。結局、幕府に代わる官僚組織ができただけということもできる。

 そのせいか、香港の民主化デモや、今回弾圧に立ち向かうミャンマーの人々の姿勢に、私は感動を禁じることができない。

 ヨーロッパなど旅していると、時々、デモで交通手段がなくなったり、せっかく手に入れたオペラの切符が、舞台の組合のストライキにより上演中止になることもあるが、これも働く人々の権利なのだと思うと腹も立たない。むしろ、ストライキやデモで声を上げることがほとんどなくなったおとなしい日本人に違和感を覚える。

 では日本のクーデターはどうだろう。古くは大化の改新。先日までNHKの大河ドラマ「麒麟がくる」で描かれていた明智光秀による「本能寺の変」などを挙げることができる。

 そして、昭和維新を掲げて陸軍の青年将校たちが時の政府の要人を襲った「二・二六事件」。


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