作家・佐藤愛子99歳 スーパーの新しいレジに驚き「断乎、行かない」 (1/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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作家・佐藤愛子99歳 スーパーの新しいレジに驚き「断乎、行かない」

佐藤愛子週刊朝日
佐藤愛子(さとう・あいこ)/1923年、大阪府生まれ。甲南高等女学校卒業。69年、『戦いすんで日が暮れて』で直木賞、79年、『幸福の絵』で女流文学賞、2000年、『血脈』完結で菊池寛賞、15年、『晩鐘』で紫式部文学賞を受賞。著書に『九十歳。何がめでたい』『気がつけば、終着駅』など多数 (撮影/工藤隆太郎)

佐藤愛子(さとう・あいこ)/1923年、大阪府生まれ。甲南高等女学校卒業。69年、『戦いすんで日が暮れて』で直木賞、79年、『幸福の絵』で女流文学賞、2000年、『血脈』完結で菊池寛賞、15年、『晩鐘』で紫式部文学賞を受賞。著書に『九十歳。何がめでたい』『気がつけば、終着駅』など多数 (撮影/工藤隆太郎)

 今年数えで99歳となるベストセラー作家・佐藤愛子さん。目が腫れ、耳は遠くなり、年を取るのはそういうことだと受け止める日々……。と思いきや「威張りながら頼る」新境地をつづったエッセー「片足は棺桶」を前後編で特別寄稿した。

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*  *  *
 二〇二〇年の秋あたりから、私は居間の隅のテレビの前、もう何十年も使い古して芥子色が黄土色に焼けて来たソファに座ったまま、毎日を過ごしている。

 ソファの前にはテレビがある。だからといって、テレビを見るためにそこにいるわけではない。身体に馴染んだ古いソファがそこにあるから座っているだけのことだ。テレビを見ないのは、つまらないからではない。ただ見ているだけでなぜか涙がにじみ出てくる。拭いても拭いても出てくる。そして赤く腫れる。左目がひどいが、時々、右目もなる。テレビだけでなく、本や新聞を読んでもそうなる。点眼薬と塗り薬も効かない。かと思うとケロリと治っていることがあるが、一日二日でまた始まるから、治ったからといって喜びも安心もしない。年を取るということはこういうことなのだ。これが人間の自然である。「治療」なんてことはもうない。そう心得た方がよいのである。

 耳も聞えにくくなっている。その聞えにくさは相手によって違う。補聴器をつけても聞えるとは限らない。声の大小よりも滑舌が問題なのだが、「すみません、もう少し大きな声で」とはいえるが「すみません、滑舌をよくして下さい」とはいいにくい。いわれたほうも困るだろうし。一番厄介なのが総じて二十代と思しき女性の電話である。なぜかどの人も早口で声が腹(臍下丹田)から出ていないから、語尾がスーッと消える。仕方なく何度も聞き返すとやたらに細い声がかん高く大きくなって、さっきは遠くから聞えてくる小鳥の囀りのようであったのが、突然怒った怪鳥という趣になって、耳中にクワーックワーッと響き渡る。

 ここに到って私は正確に聞きとることを諦める。そうすると当てずっぽうの返事をするしかなくなる。それによってどうにか会話はつづくのだが、時折ふと沈黙が落ちて、どうやらそれは私の応答がトンチンカンなためのように思われる。向こうは質問しているのに、「ハア……なるほどね」といって澄ましているのかもしれない。


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