半世紀ほど前に出会った98歳と84歳。人生の妙味を知る老親友の瀬戸内寂聴さんと横尾忠則さんが、往復書簡でとっておきのナイショ話を披露しあう。
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■瀬戸内寂聴「大方名前も忘れたけど、若き日の苦い想い」
ヨコオさん
あれよ、あれよという間に、早くも一月も終わりに近づいてきました。私はこの一月(ひとつき)、あまり快適ではなかったです。全身がまのびしてだるく、力が入らないのです。それでも、二食は必ず食べているから病気というわけではないのです。私の一日二食は中国で暮らして以来、ずっとつづいています。これは健康法としていい結果をもたらしていると思います。
二食を一食にしたり、一日絶食してみたりしても、全身けだるくしんどく、だらだら横になっていて、半病人の様子になってしまうのです。仕事もさっぱりする気にならず、文芸雑誌の短編がどうしても書けなかったりして、もう終わりかと肝を冷やしました。
あれこれ薬をのんでみたりしましたが一向にきかず、結局二日間眠り通して、どうやら勢気がもどりました。年のせいだと思いたくないので、無性にお酒を増やしたら元気になりました。
ところで前々回のお便りでヨコオさんはとんでもないことを書いてくれましたね。
ご自分が絵を描くのは業で、描かんとしかたないから描くんで、もし、描くことを命令するものがあるとすれば「神かな?」と綴(つづ)られています。
キャンバスの前でボンヤリ見つめていると、からだのどこかがピカッと光って、インスピレーションが来る。これが絵の神らしいというのです。このピカッは、アイデアを考えていたりするときは来なくて、頭が空っぽのときに来るのだそうです。絵の巨匠は、あんまり考えないので、長寿が多いと書かれています。その調子で、では小説家はどうだと聞かれたヨコオさんのペンは調子に乗って、作家はどうかと聞き出し、女流作家は長寿が多いが、彼女たちは頭で書かずに○○で書くそうだから長寿者が多いのだろうなと、とんでもない失礼なことをしゃあしゃあと書いておられます。